字書きさんに100のお題
48.放課後 <学園パラレル・ルナミ> |
Date: |
軽く、そして透明な初夏の風が教室の窓から吹き込み、廊下へと駆け抜けていく。
グラウンドでは部活に勤しむ男子生徒の野太い声と、晴れやかな女子学生のかけ声が独特の和音を構成する。
3-Bというプレートがかけられた教室に少年が一つぽつんと残っている。
外の歓声を子守唄代わりに気持ちよさげに眠っている。
椅子に背を預け、両腕をだらりと下ろし、天井を向いて大きく口を開けている。
その寝顔はあどけないと言ってもよく、目覚めて尚15という実年齢よりは下に見えることは間違いなかった。
よくよくその顔を眺めれば、その容貌にそぐわぬ大きな傷が目の下にあるのが分かる。
ガーガーと鼾をたて続ける少年の元に小気味よい足音が近づいてくる。
格子模様の制服のスカートからのぞく健康的で形のよい脚が交互に動き、やがて止まった。
眠り続ける少年の顔面に、少女は躊躇いもなく手にしたカバンを落とす。
「ギャッ!!」
少年は飛び起きると、堪らず鼻の辺りを押さえる。
「あ? 痛かった?」
「・・・ナミ、お前なぁ」
しれっとした顔のナミをルフィは恨めしげに見上げた。
ナミがルフィと出会ったのは今から丁度1年前だった。
元来整った容貌を持つナミは、その頃から身体つきも顔つきも花開くように大人びてきていた。
それが災いし、ある休日の夕暮れ時にタチの悪いチンピラ達に絡まれてしまった。
誰もが見て見ぬ振りをする中、飛び込んできたのがルフィだった。
ルフィは一歩引いて立っていた男―やたらと目つきが悪くて顎の尖った男だった―を睨みつけると、お前が頭かと尋ねた。
男はその問いに答えることなく、次の瞬間にはルフィに向かって腕を突き出した。
その手には鋭いナイフが光っていた。
真に切迫した状況下では悲鳴すらあがらないことを、ナミはその時初めて知った。
けれど、その瞬間の出来事は今でもナミの脳裏に焼きついている。
ルフィが身を捩り、男の鼻先に拳を叩き込む。それと同時に宙に血がはね上がった。
襲いかかったナイフの切先は、ルフィの目の下を深く抉っていた。
「え? 何でお前俺の名前知ってんだ?」
気絶した男を仲間の元に放り投げ、睨みつければその威に飲まれたチンピラ達は一言もなく逃げていった。
安堵と心配で泣きながら礼を言うナミに、纏った雰囲気を一変させたルフィがのんびりと尋ねる。
呆れて涙も止まったナミは、ルフィに自分の名を名乗り、同じクラスであることを付け加えた。
するとルフィはまじまじとナミを見、
「そう言えば見たことあんな、お前。私服だから分かんなかったぞ」
ぼたぼたと血を流しながらルフィは豪快に笑い、ナミは益々呆れた。
それから二人の付き合いは始まった。
「おー、いてー」
涙目で鼻をさすりながらルフィは文句の一つでも言うかと口を開く。
それに先んじ、ナミはずい、と身を乗り出す。
「進路志望の調査書! 出してないのアンタだけなんだけど!!」
そう言ってナミが手を差し出すと、ルフィは困った顔を見せる。
机の上に置いたままの調査書は未だ白紙のままだった。
「アンタが出さないと私が帰れないの!」
「まいったなぁ」
ルフィはガリガリと頭をかく。
「ナミ・・・」
不意にその手を止めると、ルフィは真剣な眼差しをナミに向ける。
滅多に見せないその表情に、ナミは思わず居住まいを正す。
「・・・・何?」
「俺、誰にも言ったことなかったんだけどよ」
ナミもまた真剣な表情で頷く。
「俺、海賊になりてぇんだよな」
がくっとナミの頭が前に垂れる。真剣に聞いた自分が馬鹿だった。
「いいよなぁ、海賊。なりてぇよなぁ、海賊」
それでもルフィは一人頷きながら、一人悦に入っている。
「よし、決定!」
ルフィはごそごそと机の中からペンを取り出すと、第一志望の欄にでかでかと"海賊"の二文字を書いた。
「ほらよ!」
ルフィは脱力したままのナミの手を取ると、調査書を乗せる。
「アンタ・・・冗談でしょ」
「冗談なんかじゃねぇさ」
そう言ってルフィは高らかに笑う。
「いつか俺が海賊になったらお前も仲間に入れてやるからな」
ナミは大海原を悠然と進む船を思い浮かべた。
そして、誇らしげに風を纏うルフィの姿を。
それは妙に現実感を伴った想像だった。
悪くないわね、とナミは思う。
その時、教室を渡る風に薫るはずのない潮の香りをナミは感じた。
[前頁]
[目次]
[次頁]