字書きさんに100のお題
意外に釣りの好きな男、ルフィが思いもかけない大物をヒットさせたのは、ある快晴の日の午後だった。
「うぉーーっ!! でけェーーっ!!」
「って、デカ過ぎるわーーっ!!!」
嬉しそうなルフィの声に、釣り仲間であるウソップの悲鳴が重なった。
「サンジィィーっ! サンジィィィッ!!」
恐慌状態で発せられた呼び声を耳にし、サンジは眉を顰めながらキッチンの扉を開く。
と、途端に聞こえてくる叫び声。
「やべぇ、コイツ逃げんぞ!!」
「ギャーーッ、こっち来んなぁぁぁ!!」
・・・・どうせロクでもないことに決まってる。
扉から騒ぎの方向へと上半身をのぞかせたサンジの目に、甲板の上を飛び跳ねている何かが映った。
サンジは更に眉を顰める。
以前捌いたエレファントホンマグロに姿は似ているが、一回り以上も大きい。折角手に入れた獲物を逃がすまい、とルフィがその巨体の尾に取り付いて格闘している。
びちびちと巨魚が身じろぎするたびにルフィのゴムの身体が甲板にぶつかり、一層高く跳ね上がる。
それを見たサンジは相好を崩し、ヒュウと口笛を飛ばす。
「テメェもタマには役に立つじゃねェか、クソゴム」
サンジはウソップに魚が乗る位の板を用意するよう伝え、自らはキッチンへと戻った。次に姿を現したサンジはエプロンを身につけ、やたらと刃渡りの長い包丁を二本、両手に持っていた。
軽やかな動きで甲板へと降り立つと、サンジはルフィに指示を飛ばす。
「おい! その魚、この板の上に乗せろ!! 一瞬で構まねェ」
「おうよ!」
相変わらずでたらめに振り回されていたルフィはちらりと板の方を見やると、次の瞬間、甲板に叩きつけられた体の位置を微妙にずらし、バウンドの軌道を変えた。
大きく弾んだ後、ルフィは魚の上によじ登り、板上めがけてその体を叩きつける。
瞬間の振動は船を揺るがすほどだった。だが、巨魚はその衝撃をものともせず尚ももがく。ルフィを弾き飛ばすべく尾を振り上げる。その前にサンジが動いた。
両の手元で柄を握りなおす。次の瞬間、サンジは左の刃を魚のエラ脇に突き立て、右の刃をエラの内部に突き入れていた。
バタバタ、と二度強く痙攣し、魚の目から光が消える。それで抵抗は終わった。
血抜きの処理を終え、キッチンに戻ったサンジが包丁についた血を洗い流していると、背後の扉が開いた。
ズカズカと重い足音が誰のものかはすぐに分かったので、サンジは敢えて振り向きはしなかった。
用が済めばすぐに出て行くだろう、とサンジは踏んでいたのだが、ゾロはただそこに立っているだけだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
水を止め、包丁を軽く振って水をきる。ゾロは何も言わない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
刃に残った水分を乾いた布巾で拭う。ゾロはまだ何も言わない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
持久戦とばかりに黙っていたサンジだったが、その忍耐力はあっさりと限界を迎えた。
「・・・・・・・・・・何、呆けてやがんだ、てめェ! 用があんならとっとと言いやがれ!!」
振り向きざまに喚いたサンジを見て、ようやく我に返ったようにゾロは、あぁ、と短く応じる。それからサンジに向けるにしては珍しい、子供のような笑みを見せた。
「てめェに刀持たせたら面白そうだと思ってよ」
「何でまたトートツに、んな話になんだ?」
意外な話の内容に、サンジは面食らった顔を見せた。
「いや、さっきの魚のシメっぷり見ててよ」
斬りつける直前、脳髄にビリビリと伝わってきた気迫。一瞬で急所を突く鮮やかさ。
いつものただの喧嘩ではなく、正直、あの一瞬で剣士としての闘争心を刺激された。
「寝てたんじゃねェのかよ」
ちらりと視界に入ったゾロはいつも通り、胡坐をかいて寝ていたと記憶していたのだが。
「刃物の匂いで目ェ覚めた」
「あ、そ」
流石、刀馬鹿。
にしても、とサンジは口元に苦笑を浮かべる。
「俺がんな無粋なモン持つ訳ねェだろうがよ」
サンジは包丁をテーブルに置き、てのひらを天に向けた。
「俺の両手は料理を作る為と、レディを愛する為だけにあんだよ」
サンジの言葉にゾロは可笑しそうに、くっくっ、と喉を鳴らす。
「二番目のヤツは開店休業じゃねェかよ」
「るっせェよ!!!」
サンジはゾロを睨み、とっとと出てけ、とその脛を蹴りつけた。
ゾロが出て行ってから、サンジはテーブルの上の包丁を手に取った。その刃は鈍く光を弾いている。
刀ねぇ。
てめェで持つ気はさらさらない。けれど、
戦いの最中、視界のどこかで閃く真白な光を綺麗だと思うことはある。口惜しいけれど。
ま、そんなことは死んだって口にするつもりはねェけどな。
手元でくるりと包丁を回し、サンジは要らんこと考えちまった、とばかりに小さく肩を竦めた。
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