字書きさんに100のお題


  53.ポケット <ルフィ+ゾロ+ナミ> Date:  

その額、およそ五百万ベリー。

いつもだったら百ベリーの損でさえ、歯噛みする程悔しいというのに、五百万という気絶しそうな損失の後でもナミの心は不思議と晴れやかだった。
きっと妙な連れの所為だろう。
ふと浮かびかけた"仲間"の二文字を、ナミは頭を振って追い出した。

初めてお目にかかった悪魔の実の能力者と、名前だけは聞き及んでいた海賊狩り。
そんな二人と成り行きとはいえ、こうして舟を並べている。
世の中何が起こるか分からないわね。
ナミは肩を竦めた。

「アイタタ・・・」
火傷を負った両手は軽く動かしただけで引き攣るように痛んだ。
とりあえず冷やそうと、ナミは木桶に薄く水を張った。失敬した舟には必要物資はある程度積んである。だが、あの連中との航海では何がどうなるか油断できないことを既にナミは学習していた。
「っ、う」
水はチクチクと針で刺すような痛みと共に傷跡に沁みた。
暫し息をつめ、徐々に感覚を痛みに慣らす。それからナミはふうと息を吐き、肩から力を抜いた。
空は青く海は穏やか。舳先にぶつかる波の音しか聞こえない。
顔を上げれば、隣の舟に死体のように転がる男二人の姿がある。二人ともピクリともしない。

麦わらを顔の上に乗せたままのルフィ。
あちこちぶっ飛んで暴れてたわよね、アイツ―――
まぁ、自分が心配する筋合ではない、とナミは視線を反らす。
すると、そこには舟壁に頭を預けて窮屈そうに目を閉じているゾロ。
アイツ、自分で自分の腹ぶった斬ってたわよね―――
だからと言って、自分が心配する筋合ではない、とナミは視線を手元に戻し、木桶の中でチャプチャプと両手を遊ばせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、もぉ!!」
消毒液と塗薬くらいなら荷物の中にある。
立ち上がり、ナミが両手の水を切っていると、向こうの舟で麦わらが起き上がった。
寝ぼけているのか、キョロキョロとあたりを窺い、途中ナミと目が合った。

「おう、お前起きてたのか!?」
「三人揃って寝てたらあっという間に遭難よ」
それもそうか、と緊張感の欠片もない男にナミは背を向ける。
「何してんだ?」
「薬探すの」
「何だ? 腹でも下したのか?」
何を馬鹿なこと言っているのか、この男は。
「アンタ達によ!!」
怒鳴ったついでにうっかり拳を固めてしまい、ナミは小さく息を吐いて顔を顰めた。
「大丈夫か? その手」
「冷やしてたから大丈夫よ。アンタこそ怪我はいいの?」
「寝てメシ食や治るさ」
ルフィは麦わらを被りなおしながらナミに近づく。顔に落ちた影が動いて笑顔が見えた。
掴み所のない奴、とナミは思った。一体幾つなのか知らないが、子供のようで、だがそれだけではないようにも思える。
「あん時はありがとな」
ルフィが言う。こんな風に礼を言われるのは随分久しぶりのような気がナミにはした。
「いいわよ、別に。自業自得みたいな怪我なんだし」
つっけんどんな口調は、照れているようにも見えた。ルフィはナミの方へと片手を伸ばす。
「見せてみろよ」
自分の怪我にもこんなに無頓着な奴に見せてもどうにもならないとは分かっていたが、真直ぐな瞳で見つめられると、ナミの中から何故か逆らう気が失せた。

濡れた手を差し出すと、ルフィはナミの手首を引き寄せた。
そして、何の躊躇いも見せずにペロリとその傷を舐めた。

驚きに目を見張るナミの前で、ルフィは一心に手のひらを舐めている。触れてくる舌は温かく湿っていた。その様を見つめながらナミは、ゴムでも舌の感触は普通の人間と同じなんだ、とそんなことをぼんやりと考えていた。

「どうだ?」
問われてナミは自分がいつしか目を閉じていたことに気づいた。
「え? あ? うん、平気」
そうか、と笑うルフィを前に、赤面してやしないか気にしつつ、ナミは手を引き戻す。
「そっちの手も舐めてやろうか?」
「い、いい!」
何となく気恥ずかしい思いでナミは左手を後ろに隠す。
「ごっそさん」
ニヤリと笑うと、ルフィは大きな欠伸をしながら身を伸ばし、再びその場に寝転がった。

もしかして、お腹空いてたのかしら?
ナミは舐められた右手を眺める。その手にはまだルフィの舌の感触が残っていた。

じっと見つめる手のひらの下から、うぅ、と低い呻き声が聞こえてきた。
見れば今度はゾロが脇腹を押さえながら起き上がろうとしている。
「ちょっ!? アンタ!! ムリすんじゃないわよ」
ゾロはのろのろと起き上がると、ナミを見て一度目を閉じ、そうしてまた目を開け、思い出したようにあぁ、と声を出した。
「もう朝か?」
「まだ夜にもなってないわよ!」
ナミは溜息をつく。どうしてこうもずれているのだろう、この連中は。

「暑ィ・・・喉渇いたな」
片手で顔を扇ぎながらゾロは少し辛そうに片目を細めた。その視線がナミの足元に向かう。
「水か? それ」
「今、手ェ浸けてたから汚れてるわ」
ナミは屈みこむと木桶に手を伸ばす。水なら、と立ち上がろうとしたところでゾロに左手を掴まれた。
「何?」
「そういや、素手で火ィ消したんだって? アイツを助けんのに」
そう言ってゾロは顎でルフィを指した。
「別に助けた訳じゃないわよ。人殺しになるのも、借りを作るのも御免だっただけよ」
頑なな口調と勝気な表情を見て、ゾロは可笑しそうに肩を揺する。
「お前、なかなかやるじゃねェか」
そして、有無を言わせぬ勢いでナミの手を引き寄せ、焼けた跡を舌でなぞった。

気合を入れていたナミの顔が驚きで素の表情へと戻った。
それを見たゾロは舌先を手のひらに当てたまま、視線だけをナミに向け、ニヤリと笑う。
粗野で大雑把、そして硬質なイメージとは違って、丹念に傷を舐める男の舌はとても柔らかだった。

「じゃ、貰うぞ」
言葉もないナミを前に、つ、と唇を離すと、ゾロは木桶に手を伸ばす。
止める間もなく中の水を一気に飲み干すと、満足げに一息ついて、そのまま何を言うでもなくまた寝転がった。

な、何なのコイツ等揃いも揃って―――
偶然なのか、意図的なのか。
私の為なのか、自分の為なのか
理解に苦しむ。何を考えているのかさっぱり分からない。

本当に変な男達。
少し呆然としながらナミは両手を広げ、見比べる。
やがて、その口からクスクスと笑い声が零れた。不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ、困ったことに嬉しく思う気持ちを止められないでいる。

右手と左手。

海風に晒され、消えていく温もりが惜しいような気がして、ナミは両手をそっとポケットに入れた。




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Z to N. words:なかなかやるじゃねぇか by 子猫ちゃん

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