字書きさんに100のお題


  55.自転車<ゾロ受難> Date:  

港の端には廃材が山と積まれていた。
後に聞いたところによると、それらは幾らかの金銭と引き換えに回収船に引き取られていくらしい。
入港する前から目ざとくそれを見つけ、ウソップは双眼鏡を目にあてがったまま、涎を垂らさんばかりにして見つめていた。


錨を下ろしきるのも待ちきれず、縄梯子をかけ、足を滑らせながら降りていくウソップにナミが、暗くなったら一旦戻ってくるように声をかける。
おう、と笑顔を見せるウソップに、ナミは金になりそうなもの見つけてきてね、と付け足すことを忘れなかった。

油と錆にまみれた姿で大荷物を背負い、それでも満面の笑みでウソップは戻ってきた。
慌しく夕飯をとり終えると、キッチンの片隅に工房を設置し、いそいそとウソップは作業を開始した。
物珍しげに問いかけるクルーの質問に最初こそ丁寧に答えていたのだが、時と共に口を閉ざしがちになる。
キッチンから一人去り、二人去り、サンジが翌朝の仕込みを終える頃には、キッチンには二人の他にはもう誰もいなくなっていた。
サンジが目をやれば、ウソップは難しい顔をして小さな筒状の金属に鑢をかけている。
火の気配が絶えたキッチンは、もう肌寒い。
そんなことには微塵も気づかないであろうウソップを見て、小さく笑ったサンジは、上着を脱ぐと通り過ぎざまにウソップの背にかけた。
「・・・ありがとよ」
「あんまり根つめんじゃねぇぞ」
そういい残してサンジはキッチンの扉を閉めた。


翌朝、起きぬけのサンジの耳に澄んだベルの音が聞こえてきた。
甲板に足を向けると、そこには上機嫌でペダルを漕ぐウソップの姿があった。
綺麗に磨かれた黒の自転車が誇らしげに朝の光を反射している。
「おぉ!?」
思わず身を乗り出したサンジに気づき、ウソップは笑顔を見せる。
「お前、よく一晩で直したな」
ハンドルを左右に振りながらサンジは感嘆の声をあげる。
「ま、俺様にかかれば自転車の一台や二台」
胸を張るウソップをよそにサンジはひらりと自転車にまたがると、そこらを走り回る。
「ひっさしぶりだな、こんなんに乗るの」
やたらと楽しげなサンジを見て、ウソップは嬉しそうに笑う。
「お、好評の予感だな。朝飯食い終わったら皆にお披露目と行くか」


興味深々のルフィの視線の先に白い布に覆われた自転車がある。
「早く見せてよー」
急かすナミの声に、ウソップはニヤリと笑い、布に手をかける。
「では、お見せしましょう。スクラップの芸術家。ウソップ様の入魂の作!」
白い布が勢いよく翻る。

「おぉー!!」
「へぇ!?」
歓声をあげる二人にウソップは、どうだ、とばかりに胸を張る。
「これが"ツンツンツノダのテイユウ号"だっ!!」
「・・・・なんだそれ?」
怪訝そうな顔を向けるサンジに、ウソップは肩を竦める。
「ま、古来からのお約束ってヤツだ。気にするな」


すぐに甲板は歓声に満ちた。
代わる代わるにハンドルを握り、やがてジャックナイフターンまで飛び出す騒ぎとなった。
そんな大騒ぎの中、一人だけ知らん振りをきめこんでいる男がいた。
ゾロは一人船壁に背を預け、目を瞑っている。


そんなゾロに、ナミは自転車で近づく。
「ねーえ、ゾロもおいでよ」
「・・・興味ねぇよ」
そう返し、ゾロは薄く片目を開く。
ミニスカートからきわどい角度で伸びた脚がもろに目に入り、ゾロは思わず見開きそうになった目を無理やりに閉じる。

「つまんないのー」
そう言いながらナミは自転車を漕いでいく。
「なんだよ、ゾロ。付き合い悪ぃな」
非難の声もどこ吹く風でゾロは目を閉じている。
「・・・・・もしかしてあの野郎、乗れねぇんじゃねぇの?」
サンジの呟きに、ゾロの眉がピクリと動いた。
「・・・まさか」
顔を見合わせる一同は、やがて堪えきれずに噴き出した。
「乗れない・・・ゾロが自転車に乗れないっ・・・?」
「あれだ! アイツはきっと車輪も三つとかじゃなきゃダメなんだよ」
「三輪車ー!!?」
好き放題に言われ続け、ゾロの眉間の皺が深くなっていく。

「てめぇらっ!!」
怒りの形相で立ち上がったゾロに、サンジはハンドルを傾ける。
「乗ってみるか?」
「・・・・ぐっ」

言葉に詰まったゾロに、一同は思わず顔を見合わせた。
「ゴメン、ゴメン」
あやすように笑いながら、ナミはむくれるゾロの頭を撫でる。
「まさか、本当に乗れないとは思わなかったからさ」
「ガキん時に練習とかしなかったのか?」
意外そうな顔で聞いてきたのはウソップである。
「・・・・乗るなって言われたんだよ」
ゾロは憮然としたまま答える。
「何で?」
「・・・・・探すのが面倒くせぇからじゃねぇか?」
恥ずかしいのか、ヤケなのか、ゾロは早口でそう言って、むっつりと口を噤んだ。
「探す?」
"自転車"と"探す"の間に接点が見出せず、再び皆で顔を見合わせる。
「もしかして、こういうことか?」
ウソップは鞄からチョークを取り出し、甲板に線を引く。
短い線と長い線を引き、その上に歩く人の姿と自転車を描く。
それから、それぞれの線を半径とする円を描き、口を開いた。
「お前に自転車を与えると、捜索範囲がもの凄い広がっちまうってことか・・・」


銘々が痛ましそうな視線を与えているが、その肩が小刻みに震えていることをゾロは見逃さなかった。
「じゃあさ」
雰囲気を変えるように、明るい声を出したのはナミだった。
「ここで練習すればいいじゃない」
そう言ってナミはゾロの腕を引く。
「ここなら迷子になることないだろうしさ」

「ぜってぇ、手ぇ離すんじゃねえぞ!」
口では凄んでみても、不安げなその表情の所為で迫力はゼロである。
しぶしぶ自転車に跨ったゾロは、後ろをウソップに支えてもらって片足をペダルに乗せている。
いつもの驚異的な運動能力はどこへやら、ハンドルを握る手も危なっかしげに震えている。
「勢いつけてやろうか?」
「殺すぞ」にやにやと笑いながら、後輪を蹴る仕草を見せるサンジをゾロは睨みつけた。
「せーの!」
ナミのかけ声で、何とかゾロはふらふらと漕ぎ出す。
車体は右に振れ、左に振れ、危なっかしいことこの上ない。
−補助輪でもつくってやるか−随分と漕いでいるにも関わらず、なかなか安定しない自転車を支えながらウソップは考える。
余った材料を思い返すうちに、意識が考え事のほうに集中してしまう。
思わず立ち止まり、腕組みして思案に耽るウソップ。
「あ!」
一同は声を上げると、ゾロがその声に反応した。
「え?」
振り返ったゾロの視線の先には、胡坐をかいて何やら床に書きつけているウソップの姿があった。
「ナニィィィ!!?」

ゾロの叫び声の後に、自転車が壁に大激突する音が響いた。


「大丈夫っ!?」
「大丈・・・」
かけてくるクルーを見て、頭を抱えながらもゾロは口を開き、そのまま絶句した。
ひっくり返ったゾロはそっちのけで、皆が皆、自転車を取り巻いている。
「うわー、フレームが豪快に曲がっちまったな、こりゃ。直んねぇかも」
「・・・・てめぇら」


それから暫く、憮然とした顔で発電機のペダルを漕ぐゾロの姿が見られた。
「いい練習になるでしょ?」
上からナミが笑顔で覗き込む。
「うるせぇよ」
そのままサドルから降りようとするゾロに、ナミは尚も眩しい笑顔を向けた。
「早く自転車に乗れるようになって、私を後ろに乗せてちょうだい?」
ゾロは何か言おうと口を開けたが、何も言わず、黙ってまたペダルを漕ぎ出した。

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