字書きさんに100のお題


  59.あの日<ルニコ> Date:  

風が踊る甲板の上で、彫刻のように形のよい腕がゆらゆらと揺れていた。
猫じゃらしに纏わりつく猫のように、ルフィは飽きることなく床から生えた腕と戯れている。
しゃがみ込んだ格好で、その動きを覗き込むルフィの前髪をすらりとした指先が悪戯に摘む。
その指を弾き、尚も追いかけてくる指先からルフィは身体を右に左に反らし、声をあげて笑いながら逃げている。
そんなルフィの様子をロビンは傍らでじっと眺めていた。
髪を摘まれたままルフィがふ、と顔をあげる。
まじまじとロビンを見返し、軽く首を捻ると不思議そうにルフィは口を開く。
「何でだ?」
「何が?」
「俺より楽しそうだぞ。お前」
「だって楽しいもの」
ロビンの唇が綺麗な形で笑む。
「今までこんな風に遊んでもらったことがないから」
「遊んでやってんのか? 俺が」
きょとんと瞳を大きくするルフィに、そうよ、と答えて、ロビンは穏やかな、そしてどこか儚げな彼女独特の笑みを見せた。
だったら、とルフィは陽気に笑う。
「ずっと俺といろよ。もっともっと面白ぇコトがあるぞ。きっと」
「・・・・そう、出来たら素敵ね」
悲しげな目元に寂しげな口調。
ルフィはその表情を険しくする。
「どっか行っちまうのか?・・・お前」

すう、とロビンの顔から微笑が消えた。
「私は、私の夢のために貴方達を切り捨てるかも知れない」
感情の見えない声音は、まるで未来を告げる預言者のようだった。
受けるルフィの顔からも表情が消える。
瞳はロビンを捉えたまま、ルフィは床に生える腕の手首をぎり、と掴む。
「逃がさねぇ」
その痛みにか、真直ぐに射る瞳の強さに押されたか、ロビンは目を瞑る。
握り締めたルフィの手の中にあったロビンの腕が、ふ、と掻き消えた。
「逃げるわ」
ゆっくりと開けた瞳。
漆黒の瞳が二つ、相対する。
やがてルフィは視線を反らす。空になった己の手のひらを見、それから立ち上がると傍らに立つロビンの腕を強く引き寄せた。
「!?」
バランスを崩し、ロビンはルフィの肩口に顔を埋める格好になった。
その耳に低い呟きが届く。
「追いかけるさ、どこまでだって」

それきりルフィは黙った。強く腕を掴んだまま。
ロビンも何も言わない。
船を包む風の音を、その時二人はただ聞いていた。




ガレーラ本社の壁に突然ひびが入る。
振り返ったロビンの目の前に、突風を纏った少年が現れる。
黒の髪を乱し、その目と声でロビンの名を叫ぶ。

どうして思い出したのだろう。
その瞬間、ロビンの脳裏に蘇ったのはあの日の出来事。

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