字書きさんに100のお題


  62.嘘<サンジ+ロビン> Date:  

海に浮かぶ小さな駅。その二つのホームを結ぶ橋の上にその姿はあった。


青く、そして時々真白に太陽の光を弾く海面の下で揺れる線路をロビンは身動きもせず眺めている。
カツカツと階段を上ってくる足音にもロビンは振り返らない。
「面白い?」
サンジがそう声をかけると、ロビンはようやく海面から目を離した。
「えぇ」
背後のフェンスに背を預けて自分を見つめているサンジへと視線を向け、ロビンは口元に微笑を浮かべた。
「島と島を線路で結ぶなんて、凄いことを考えた人がいるのね」
そう言ってロビンは再び海へと視線を戻した。目で追えなくなるところまで線路を辿る。海の中の線路は頼りなく揺れながら、それでも確実に目的地へと続いている。
「乗り換えてしまえば別な道へと繋がる」
独り言のようにロビンは呟いた。
「まるで人生みたいね―――」
それきりロビンは口をつぐんだ。
サンジはそんなロビンの背を見つめ、ゆっくりと長い時間をかけて煙草の煙を吐き出した。
彼女はきっと笑っているのだろうとサンジは思った。とても綺麗でそしてどこか寂しげなあの顔で。
メリー号にやってきた当初よく見せたその笑顔は、時にサンジの心に痛みを残した。それはやがて、心からの笑顔が見たいという思いに変わっていった。
共に旅をする内に、彼女の笑みから寂しさが少しずつ少しずつ薄れていくのがサンジには分かった。冷凍庫から出した氷がゆっくりと音もなく溶けていくように。
それがここに来て、また氷に逆戻りだ。それもほんの僅かな衝撃で割れてしまいそうな氷に、だ。つい先日、文字通り凍らされた自分の脚をサンジは忌々しげに睨んだ。

向こうのホームで騒ぐ仲間の声がやけに遠くに聞こえる。隣に見える灯台の窓から一羽の海鳥が飛び立ち、少し寂しげな声で鳴いた。
じゃあ、とサンジはその手から煙草を落とし、靴底で踏んだ。
「ここから海列車に乗っちまう? 二人で」
「アナタと?」
可笑しそうな口ぶりで振り向く黒髪を風が乱した。
「無理よ。アナタにあの船が捨てられる? コックさん?」
「貴女が望むなら」
真直ぐ見つめてくるサンジの視線からロビンは静かに目をそらす。その視線はどこか遠くを彷徨った。
「・・・・・嘘つき」
嗜めるような、からかうような口調でそう言うと、ロビンは笑みを一つ残してサンジの前からひらりと身を翻した。
「もし行くなら一人で行くわ。私は一人で生きていけるもの。何時でも何処でも」
そうして一人階段を下りていく。
「これまでも・・・・・これからも」
サンジは無言のままその背を見送る。足元ですっかり消えてくしゃくしゃになった煙草を拾い上げてから階段に向かう。
そこには既にロビンの姿はない。
一人で生きていけるって。
じゃあ、どうしてそんな顔をする? そんな硬い声で。まるで自分に言い聞かせるように。
貴女の方こそ―――

続くサンジの呟きは、誰もいない階段で風にさらわれていった。

[前頁]  [目次]  [次頁]


- Press HTML -