字書きさんに100のお題


  65.ネオン<ゾロナミ> Date:  

「ちょっと・・・・これはどうかと思うんだけど・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ううぅ」
呆然とした顔と口調で呟くナミの隣で、ゾロもまた同じような顔で唸った。


話はその日の昼にさかのぼる。

久しぶりに上陸した島は、大層活気に満ちていた。港街は規模が大きく、それだけに行き交う人の数もまた多い。
ログが溜まるのに要する時間は一日と半。退屈はせずに済みそうだ。
今まで見たことのない建物や、見たことのない乗り物がそこら中に満ちている。呼び込みの声や、笑い声。人々は皆、生き生きとしていて眩しかった。

眩しい島。
けれど、その島が真価を発揮するのは夜になってからだった。
日が落ちる頃になると、眩しい島は文字通り、眩しい島、となった。
辿りついたその島のまたの名を、電飾島、という。


大きな看板に余すところなく並べられた電球が、極彩色で明滅を繰り返す。街の中を通る乗り物の車体も光に包まれている。じっと見つめていると目が眩むほどの眩さだ。
歓声をあげながら、皆が三々五々、街中に散っていくどさくさに紛れてゾロとナミは共に別方向へと連れ立った。

陸地出の夜は誰に気兼ねすることなく抱き合える数少ない機会である。無駄にする手はない。
建物と建物の隙間に滑り込む。二人の足元ではネオンの残光が移ろいゆく。表があれだけ明るいと、逆に闇の存在にホッとする。
二人は狭い路地をするすると通り抜ける。この向こうが裏街のはずで、気が急くのは仕方ないことだろう。

先に路地を抜けたのはナミだった。路地を出た途端、ナミの足が急に止まる。
「おいっ!!?」
危うくゾロはその背にぶつかるところだった。
路地を抜け、ナミの隣に立つとゾロにもその理由が分かった。

「ちょっと・・・・これはどうかと思うんだけど・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ううぅ」

裏街、と言うのも憚られるほどに賑やかなネオン街が、二人の前に広がっていた。
通りに面した建物は軒並み、赤や紫、それからド派手なピンクのネオンサインに彩られている。そうは思いたくないが、記されている文字を見ればそれらが全て連れ込み宿だと分かる。
もしかしたら、これはこれでこの島の名所なのかも知れない。あまり考えたくはないが。どこに入るか物色中なのか、若い男女があちこち指差しながらじゃれ合うように笑っている。

目の前ではショッキングピンクの「ウェルカム!!」が右から左へと流れていく。ゾロは頭を抱えたい気分になった。
何と言うか。違うだろう、と。
連れ込み宿ってのは、何だ。もっとこう薄暗くてこそこそしたモンだろう。少なくともキャッキャ言いながら見て回るものではない。恥じらいとか色気とかはどこ行った!
誰にという訳ではないが、ゾロは心の中で拳を握って力説してみた。
「ねぇねぇ、アレ見てよ」
ゾロのシャツをナミがくいくい、と引っ張った。
「あ?」
くすくすと可笑しそうに笑いながらナミが指し示す先に目をむけると、そこにはホテルの名を示すネオンがでかでかと光っていた。

『ホールインワン』

「ぶっ!!!」
ゾロは思わず拭き出した。どういうネーミングセンスだ。一発大当たりってのは場所柄マズイんじゃねェのか?
「ね? いいセンスしてるわよね。ちょっと感心しちゃった」
冗談でも嫌味でもなく、どうやらナミは本当に感心しているらしかった。
ゾロはつい、と眉を顰める。そういやコイツ、ネーミングの才能にはかなり微妙なモンがあったな。
「面白いからそこにしよっか?」
すっかりと場に馴染んでしまったナミは何だかとても楽しげで、どうもただ単に遊びに行くような空気になっているのが恐ろしい。
それに、気づけば自分達も宿の前でイチャついている奴らと大差ない気も・・・・
自分を客観視してみて、思わずゾロは怖気だつ。
別にどこに入ってもどうせやることは一緒だ。せいぜい大当たりを出さないように気をつけるくらいか。
「・・・・・・・・どこでも構わねェからとっとと行くぞ」
思わず怖気だったゾロはナミの手首を掴むと、真直ぐに向かった。ホールインワン、に。


あと一歩で入口に、というところだった。

「ゾロ〜〜〜〜っ!!」
場違いな、そして聞き覚えのある声が二人の耳に突き刺さった。ギクリ、と揺れたゾロの背に取り付いた小さな生き物は、この上なく無邪気な笑顔を振りまいていた。
「チョッパー!? なんでアンタこんなトコに!!?」
「ウソップとあちこち見て回ってたんだ。そしたら途中でウソップのヤツ、どっか行っちゃって。探して見つけた先にゾロ達が居たんだ」
それを聞いてゾロはゆらり、と振り返った。その顔を見て、ウソップは声にならない悲鳴をあげた。鬼だ。ピンクのネオンに照らされた鬼が目の前に。
わ、わ、わ、わざとじゃねェ。わざとじゃ! 不可抗力だ偶然だ!!
自分の方へ一歩を踏み出したゾロに、ウソップは涙目でぶんぶんと首を振る。
ウソップにとって史上最悪の危機を救ったのは、チョッパーの一言だった。
「な、ゾロ達も遊びに行くんだろ。俺も混ぜて!!」
ゾロの足がピタリ、と止まる。ナミも思わず「うっ」と言葉を詰まらせた。
一見、いかがわしい場所だとは思えないし、思ってないのも確かなんだろう・・・・・が。
よりによってこの場所で。よりによってその台詞を。

「あはっ、あははははは!!」
普段に比べると一オクターブは高いナミの笑い声が、気まずい空白の時を破った。
「そだ、ねぇチョッパー、さっき美味しそうなお店見つけたの。一緒に行かない?」
「行く!」
二つ返事で応じ、チョッパーはゾロの背から降り立つ。ゾロは固まってしまったかのように動かない。
「ゾロ?」
「いいから、いいから。さ、行こ!!」
不思議そうに見上げたチョッパーの手をナミはぐいぐいと引っ張っていく。

「・・・・・・えぇと」
ウソップは恐る恐るゾロに近づくと、躊躇いがちに口を開く。
目の前には倒れないのが不思議に思えるほど前のめりで、あからさまに落胆しているゾロの姿があった。
誰だ。コイツのことを魔獣って言ったヤツは。
ウソップは一つ溜息をつくと、ゾロの首に右手を回して引き起こす。
「おい、しっかりしろって」
ゾロは呆然とした顔を上げた。その顔を見てウソップは思った。多分捨てられた子犬はこんな目をしてるんだろうな。
「俺が悪かったからさ。いいよ。付き合ってやるよ。愚痴でもクダでもまけよ」

ほら、とウソップが指差した場所には。
温かな湯気を立ち上らせるちっぽけな屋台と、妙に哀愁を帯びた赤い提灯が風に揺れていた。

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