字書きさんに100のお題
珍しくも人気のない船首。そこにナミは立っていた。
船は夏島に近づきつつある。
雲ひとつない空は海と一つ繋がりのように同じく青い。
ナミは気持ちよさげに両手を広げ、船上を渡っていく風を感じている。
オレンジの髪が、鮮やかなコントラストで空になびいた。
その後姿に注がれる熱い視線が一つ。
柵に肘を乗せ、両手で頬を包み、サンジはうっとりとナミの後姿を眺めている。
そんな午後の幸せな一時を満喫している最中に後ろから声をかけられた。
「おい、エロコック、何か食い物ねぇか?」
その声を聞いた途端、サンジのやに下がっていた目が力を失い、幸せ色のオーラは掻き消えた。
振り返り、汗を拭き拭き近づいてくるゾロをサンジは睨みつける。
「俺は確かにこの船のコックだが、てめぇ専属で餌付けしてやる義理はねぇよ」
サンジは鬱陶しげに何度もキッチンを指差す。
「おやつの残りがまだあんだろ。分かったらとっとと行け。俺のスイートタイムを邪魔すんじゃねぇよ」
「何がスイートタイムだ」
サンジの見ていた先にナミの姿を見とめて、ゾロは苦笑する。
「お前も毎日毎日よく飽きねぇよな。なびきもしねぇ女に」
最後の部分を強調しつつ、ゾロは皮肉げに笑う。
それでもサンジは怒ることなく、逆に余裕の笑みを見せた。
「刀と筋肉のことしか考えてない男はやだね」
「別にそればっかりじゃねぇよ」
ナミを見つめながらゾロはそう応える。
意外なゾロの言葉に、サンジはと意外そうな顔を見せる。
「へぇ、流石の朴念仁もナミさんは可愛く見えるって訳か」
サンジのその一言にゾロは思い切りうろたえる。
「バッ、カ野郎。そんなんじゃねぇよ。あんなオッカネェ女!」
「あー、確かに怖ぇ時はあるよなぁ」
「だろう? 気づくと借金背負わされてんだぜ? その内、息すんのにも金取り出すぞ、あの女」
「言ってみろよ、それ。アイデア料もらえるかもしれねぇぜ」
心底恐ろしがっているゾロの様子をサンジは楽しげに見ている。
「しかし、魔獣って恐れられた男をここまでビビらすんだから大したもんだよな」
「大した女だけど、ありゃ悪魔だぜ」
「あんな可愛い悪魔なら、俺は魂抜かれても本望だけどな」
はいはい、とゾロはサンジの言葉を流し、それからふ、と真面目な顔で話を続ける。
「まぁ実際俺ら皆、アイツに命預けてる訳だけどな」
「あぁ、そういや、空島行く時のナミさんは凄かったなぁ」
遠い目をしてサンジは続ける。
「神々しかったね、ありゃあ、天使か女神様ってとこだな」
「悪魔で天使、か」
ゾロが笑ったその時、別の声が会話に混ざる。
「何だそりゃ。なぞなぞか?」
振り返った二人の視線の先にルフィがいた。手には残っていたおやつを持って。
苦笑しながらゾロはルフィに問う。
「悪魔でもあり、天使でもある。お前なら何て答える?」
ルフィはきょとんとしたまま小首を傾げる。
「うーん、よく分からねぇけど"女"かな」
その答えに二人はぎょっとして、それから互いに顔を見合わせる。
「深ぇこと言うな、コイツ」
「あぁ、クソゴムの分際で」
その時、集まった人の気配に気づいたのか、ナミが振り返る。
「やだ、三人揃って何見てんのよ!」
少し困ったような顔を見せるナミに向かい、ルフィが叫んだ。
「いい女がいると思ってよ!!」
その言葉にナミは目を見張る。
「てめぇ、おいしいトコ持って行きやがって!!」
ナミの視線の先では男達が揉め始めている。
その様子にナミは俯いて肩を震わせる。
やがて顔を上げると、花が開くように笑った。
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