字書きさんに100のお題


  71.積み上げる <ルナミ> Date:  
ログが溜まるまで三日の島で、それは丁度中日の出来事だった。
春島の穏やかな日差しの中、ナミは甲板で一人、先日手に入れた本を広げていた。
静かな午後。他の面子の姿はない。航海に必要な用事さえ済めば、後はどこでどう過ごそうと互いに関知しない。長い航海を共にするうちにそれが不文律となっていた。
誰もいない筈の船上に、ゴトリと足音が落ちた。
顔を上げたナミの目に、首を擦りながら近づいてくるルフィの姿が映った。
「どしたの?」
「寝違えた。店の床に一晩転がされてよ」
ゴムでも寝違えたりするのか。酷ェ店だと文句を垂れながら近づいてくるルフィを見ながら、ナミはそんなことを思った。
「よ、と!」
ナミの前まで来ると、ルフィは何の断りもなく、柔らかな腿の上に寝転がった。
コラ、と冗談めかして叱るナミに、ルフィは「たまには労われよ」と言って自らの顔の上に麦藁を乗せる。
「割増料金だからね」
「ツケにしといてくれ」
もごもごとそう言ってルフィは沈黙した。

こんな風に二人きりでいるのは、考えてみれば久しぶりだった。
そのことに気づくと、ただ黙って寝かせておくのは何やら惜しいような気がしてくる。
ナミは気まぐれに、ルフィの顔の上に乗った麦藁をどかしてみた。
突然降りそそいだ陽射しに、閉じたままの瞼がぎゅうと強張った。その瞼を覆うように、ルフィは目の上に右腕を乗せた。
ナミが小さく笑みを零すと、オレンジの髪がさらりと揺れた。
抗議なのかどうかも聞き取れない調子でルフィの口がごにょりと動いた。そして、そのままの形で止まった。
海風に乾いた唇。
その瞬間の記憶がナミにはない。何を考えたのかも分からない。気づけば、その唇に口づけていた。
唇を離せば、黒目がちの瞳がナミを真直ぐに見上げていた。暫くナミの顔を眺めた後、ルフィは肩を揺らして低く笑った。
「何でお前の方が吃驚してんだよ」
「・・・・だって」
そう言ったきり、ナミは続く言葉を見つけることができないでいる。

もう随分と昔。それは打算から始まった関係だった。
好意、同調、反発、戸惑い、畏怖、尊敬、信頼。時の移ろいと共に、様々な感情がルフィとの間に降り積もっていった。
その中に長く、そして密やかに息づいていた愛情があったことに、ナミはその時初めて気づいた。

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