字書きさんに100のお題


  72.崩壊 <ナミ+ルフィ> Date:  
陥落した砦。もはや人の気配のしない建物の残骸を身軽に上っていく者の姿があった。
滅茶苦茶に破壊し尽された部屋。故郷にある一室。巨大な瓦礫と化した建物の頂上付近にナミは立っていた。

風の往く音だけが聞こえる。ナミはゆっくりと部屋を見下ろした。
落ちた天井の隙間から部屋の中が窺える。原型を留めていない本棚。そして、切り裂かれた無数の海図が、あちこちひび割れた床を埋め尽くしている。

そこはナミにとっては鍵のない牢獄だった。

海から戻るたび、吐き気を堪えながらこの部屋の扉を開けた。
夜更けに海図を書く手を止め、ぼんやりと考えたのは未来のこと。将来、この部屋から解放された時に自分は果たして何を思うのか。
そこには希望と、それに絡みつくように存在する恐れがあった。
泣くか、笑うか。何れにせよ、どこかどろどろとした割り切れない感情を引き摺るのだろうという予感だけはあった。

けど、実際は――――
ナミはもう一度、つぷさに部屋を見回す。穴の開いた天井から夕暮れの光が入り込み、床をナミの髪と同じ色に染めている。
今、そこはただの壊れた部屋だった。
ナミ自身、驚くほどに気持ちは落ち着いていた。
気まぐれに足元の瓦礫を爪先で転がしてみると、その影から細い棒状のものが現れた。
ペンだ。
ナミは身を屈め、手を伸ばす。瓦礫の中に落ちないよう細心の注意を払いながら、そのペンを手にした。
赤い色のついたペン軸。
自分の血の上に、新しい血が染みを作っていた。

戦いの最中、バラバラと落ちてきた調度品の数々をナミは思い出していた。
机が、棚が水面に激突し、没していった。破片や水飛沫が飛び散る様子なら思い出せるのに、何故かそのシーンには音がついていない。
耳に残っているのは自らの心音。感じたのは知らず零した涙の熱さだった。

一つ、また一つと砕け散っていく度に、自分を覆っていた殻が剥がれていくような気がした。
だから今、こんなにも心穏やかにこの部屋を見つめることができるのかも知れない。

ナミは手にしたペンをそっと瓦礫の中に落とした。それはまるで決別の儀式のようで、祈りを捧げるかのような顔でナミは暫し目を閉じていた。
やがてナミは立ち上がり、来た時と同じように身軽に瓦礫を降りていく。塀の破れた箇所から外に出れば、丁度向こうからぺたぺたと歩いてくる麦わらの姿が見えた。

どこで拾ったものか、手にした長い蔦をぐるぐると振り回しながら、ルフィは鼻歌まじりに歩いてくる。ふとナミに気づいたルフィは「よう!」と暢気に声をかけてきた。能天気なその顔は、激闘を繰り広げていた男と同一人物とは思えない。だが、腕に巻かれた包帯や、上着の合わせ目からのぞくガーゼが現実を物語っている。
「動いて平気なの?」
「おう!」
「何してんの? こんなトコで」
「散歩」
ルフィは答えるだけで、ナミには何も尋ねない。気にしてないのか、気にしないでいてくれるのかは分からなかった。
「待って!」
そのまま前を通り過ぎようとしたルフィの腕をナミは掴み、呼び止めた。ルフィは振り向かずに足を止めた。
「・・・・・ありがとう」
それは言葉にして伝えておきたい思いだった。
「礼なんていらねェよ」
振り向かぬまま、ししし、といつものようにルフィは肩を揺らして笑う。
「仲間だろ?」
言葉もないナミはただ一つ頷き、余り高さの変わらないルフィの首筋にこつんと額を当てた。
ルフィの身体からは消毒液の匂いと共に潮の香りがする。それが何だかとても懐かしく、ナミは目を閉じて大きく息を吸った。

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