字書きさんに100のお題


  73.最後 <ゾロナミ> Date:  
船の最後を看取っていた。



グランドラインで他の船とすれ違うことは滅多にない。
久しぶりに接近した船は海賊船だった。海賊の道理に忠実に、相手が正しく襲い掛かってきたので、麦わら海賊団の方としても礼儀正しく応戦した。

砲撃ではなく、白兵戦を挑んできたのが奴等の運のつきだった。
船縁から無数に生える謎の腕に阻まれ、乗り込むこと叶わず、逆に乗り込まれる破目になった。
十分の一にも満たない相手に、完膚なきまでに叩きのめされるのに時間はいくらもかからなかった。
やがて、腹に響く破裂音が後部船底から聞こえた。
どこかの粗忽者が大穴を開けたか、誰か気概のある敵が死なば諸共の戦法をとったのか。
その音に、意識のないものはだらしのない格好のままそこらに転がり、意識のある者は命からがらといった風で海へと飛び込んでいく。
命の保障がない、という点ではどちらも大して変わりはないのだが。

ガタンと大きく船が傾いだ。マスト短く悲鳴を上げた。
「沈むかな?」
外壁ごと敵を吹っ飛ばし、伸ばした腕を戻しながらルフィは首を傾げた。
「先にテメェがぶっ壊さなきゃもうちょっとは持つだろうよ」
久しぶりの斬り合いに上機嫌で軽口を叩きながらゾロは刀を走らせる。血飛沫が甲板に最期の彩を与えた。
「じゃ、その前に探検だ!」
決着の見えた戦いに興味を無くしたらしく、ルフィは船室へとペタペタ歩いていく。目の前を慌てふためく船員が逃げていくが、最早全く意には介さなかった。



沈みかけた船はしんと静まり返っていた。残ったのは血の匂い。近づいてくるのは海の匂い。

ナミが船室の一つを開けると、そこにはゾロがいた。
武器庫であったらしい。染みついた鉄と油の匂いにナミは僅かに眉を顰めた。
「アンタ、まだ居たんだ」
「他の奴等は?」
「もう引き上げたわよ。ぼちぼちこの船も沈むわ」
あぁ、と生返事でゾロは壁に掛けられている剣の一つを取った。
刃の表裏を見、肩を竦める。
「ろくに手入れもしてやがらねェ。道理で手ごたえもねェ訳だ」
ゾロの台詞にナミはふき出した。
「サンジ君も食料庫見て同じようなこと言ってたわ」
忌々しそうに舌打ちを一つしてゾロはナミへと近づく。
「テメェの方はどうだったんだよ。金目のもん、あったのか?」
「全然」
「その割には機嫌いいじゃねェかよ」
ゾロの指摘にナミは笑った。収穫はゼロ。けれど戦い損という訳ではない。

近づいてきたゾロの首に、ナミは片手を回して引き寄せた。
「キスが欲しいのか?」
からかう口調で薄く笑う。
「本当に何にもねェんだな、この船」

目の前で輝くのは獣の瞳。こんな目を見たのは久しぶりだった。
血に濡れて血に輝く。
自らの命を捧げて磨いてくれた名も知らぬ海賊達にナミは感謝した。

うっとりとゾロの瞳を見つめながらナミは首を振る。
「本当に欲しいのはアンタの目」
そう言ってナミは目を開けたまま口づけた。ゾロの虹彩に、また別の色が混ざった。
「目は閉じないわよ」
「好きにしな」
今度はゾロがナミの頭を引き寄せる。唇が重なれば、すぐにその間を割って、ゾロの舌がナミの中で暴れる。それでもナミは目を閉じなかった。

ゆらりと足元が揺れる。
こんなに綺麗な瞳を見つめながら沈みゆく船で抱き合うなんて、何てロマンチックなんだろう。
美しい瞳をした獣に首筋を噛まれながら、そうナミは思った。




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Z to N. words:キスが欲しいのか? by 真牙様

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