字書きさんに100のお題
茜色の夕空がすみれ色に変わり始めると、ビビの眼下に一つ、また一つと家の灯火が広がっていく。
子供の頃の隠れ家であり、後に戦場ともなった時計台の中にビビは居た。
壁をくり抜いて作られた小さな窓から街を望む。あの時の爆発の衝撃でか、窓から幾つもの亀裂が壁に走っている。
東西南北に面した四つの大時計の内、二つが止まったままだということにビビは今日気がついた。
今もって尚、自分を含めて皆、自分の手の届く範囲での復興で手一杯なのだ。とてもこの時計台にまでは手が回らない。
けれど、久しぶりに足を踏み入れたビビが目にしたものは、床に敷かれた布の上に置かれた大小幾つもの歯車と工具箱。
誰かがもう一度、この場に命を吹き込もうとしている。
心当たりは一人にしかなかった。
周辺地域の復興度合いの報告、及びその後の方針の検討の為にコーザは数ヶ月に一度の割合でアルバーナを訪れる。今日は丁度その日だった。
話し合いが終わり、城内に部屋を用意するという毎回の言葉を固辞し続けたコーザは、いつもこの場所に来ていたのだろう。
あり合わせの材料で作ったらしい簡単な寝床がほんの僅かの生活感を感じさせた。
子供の頃もそうだった。
持ち込まれたガラクタを繋げたり、組み合わせたり。そうやってコーザは"秘密基地"の設備を次々と増やしていった。
あれで意外に器用なのよね。
大分暗くなった室内を見つめ、ビビはクスリと笑みを零した。
そして再び外に目を向ける。
街並みに沿って、光の点が長い帯を作っている。騒乱の直後には、家を失った者同士が身を寄せ合う灯りが点在するだけだった。
復興の証。
この場所を訪れる度に増えていくその光をコーザが喜びの思いだけで眺めていたとはビビには思えなかった。
壊れた街並みは建て直せる。
消えた明かりはまた灯せる。
いずれ、この時計の針もまた時を刻み始めるだろう。けれど。
二度と元には戻らないものもある。
責任感の強さ故、それは彼にとって生涯下ろすことの出来ぬ重石となるのだろう。
そのことを思えばビビの胸にやり場のない痛みが走る。
ビビがそっと目を伏せたその時、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。コーザに違いない。
随分と長い間暗闇の中に居た所為で、目はすっかり闇に慣れている。
きっと驚くだろうな。
自分を見た時のコーザの驚く顔を想像してビビは微笑み、部屋の隅にある灯りのもとへと足を向けた。
火を灯そう。
彼が負った重石に潰されてしまわないように。
この小さな明かりが彼の支えとなりますように。
祈るような気持ちで、ビビは明かりを灯した。
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