字書きさんに100のお題


  86.距離感<ゾロナミ> Date:  
初めて身体を合わせた後、目を覚ました時には、隣にはもう誰もいなかった。

ナミはゆっくりと身体を起こす。薄い掛け布が捲れ、その下から寝乱れたシーツが現れた。
皺の入ったシーツに手を伸ばせば、まだ温もりが残っている。
ついさっきまで、確かにそこに人がいた。その名残だ。
それはたった一夜の出来事。なのに隣に誰もいないことが、今、こんなにも寂しい。
指先にその温もりを感じたまま、ナミは自分を抱きしめるように膝を抱えた。

念入りに身支度をし、倍以上の時間をかけて鏡を覗き込む。
鏡の中の自分は何が変わったわけでもない。それでも皆の前に出て行くふんぎりをナミは中々つけることが出来なかった。

努めて無心でキッチンに入る。
椅子に座っていても、ゾロの大きな身体はいやでも目に入る。笑顔の下でナミの鼓動が大きく跳ねた。

斜めに向き合うゾロの顔をナミはまともに見ることが出来ない。
それでも、気づけば視線はゾロの動きを追っている。
器に触れる唇や箸を持つ手。ゾロを形作る部分につい、目がいってしまう。
いつもと何も変わらないゾロの姿。
その唇が自分に触れ、あの手が自分の中を掻き乱していった。
昨夜の出来事と今朝の風景がナミの中では上手く結びつかない。
身体はまたこんなにも生々しく、夜の感覚を覚えているのに。

「おい」
キッチンを出た直後に腕を引かれ、ナミはたたらを踏んだ。
目の前にゾロの姿がある。
逞しい腕と厚い胸板と広い肩と、それ以上上にナミは目を上げることができなかった。
「キャ・・・・!!」
突然のことに、ナミは大きく口をあけ、叫びかける。
ゾロはぎょっとしたように身を逸らし、直後、ナミの口をゾロは片手で覆い、慌てたように周囲を見回す。
周りに誰もいないことを確認し、ゾロはナミを横抱きにすると、倉庫へと消えた。

「いきなり喚くな。人攫いじゃねぇんだ」
よほど焦ったのか、この男にしては珍しく息が上がっている。
−思い切り攫ってきたじゃないのよ!−
胸の中の反論は、口までは上ってこなかった。
昨日の今日で、一体どんな口調で話せばいいのか。
今までどんな風に会話をしてきたのか、どんな風に触れてきたのか思い出せず、ナミは混乱していた。
妙な気を使っていることだけは分かる。
身体が近づいた所為で、今までの他愛無い、気安い付合いができなくなってしまったことが悲しかった。

倉庫の中に沈黙が満ちる。
顔を上げることすらできないまま、ナミは頭上にゾロの視線を感じていた。
ややあって、ゾロが躊躇いがちに口を開く。
「・・・昨日のこと・・・怒ってんのか?」
「え?」
ゾロはどこか拗ねたような口調で続ける。
「・・・・・メシん時、やたら睨んでばっかいただろうが」
意外な言葉にナミは思わず顔を上げる。
ようやくまともにゾロの顔を見ることが出来た。そのゾロは、困り果てた表情をしている。
「に・・・睨んでなんて、ないわよ!」
「は?」
さっきのナミと同じような顔をゾロはしていた。
「・・・仕方ないでしょ。目が勝手にいっちゃうんだから。思い出しちゃうんだもの、色々と!」
「色々・・・」
ナミの言葉に反応して色々と思い出しているゾロを見、ナミは顔を真っ赤にした。
気恥ずかしさはナミを饒舌にした。
「それだったらアンタこそどうなのよ!?」
早口で捲し立てた勢いでナミは続ける。
「朝起きたら、もう居やしない。ヤルことヤったらお仕舞ってのがアンタの流儀なの?」
睨みつければゾロはふ、と目を逸らす。
「仕方ねぇだろ。見てたらヤリたくなっちまうんだから。それに目ぇ覚ましたお前に何て言ったらいいか分かんなかったんだよ」
そう言ってゾロはあさっての方を向く。その頬が赤い。
この男を可愛い、と思ったのは今が初めてかもしれない。そうナミは思った。

−もしかして、私達、お互いに要らない所で要らない気を使ってた?−

「ゾロ・・・あんた・・・」
「もう、やめだやめだ」
そう言い捨て、ゾロは強く抱き寄せる。
「面倒くせぇことは無し、だ。触りてぇ時には触る。文句言うな」
その言葉に、ナミが身じろぎする。
ゾロの胸に腕をつき、上体を起こすとナミはゾロを見上げた。
「文句言うなって−」
「文句なんて!」
ナミはゾロの首に両腕を回す。それから笑顔を近づけて囁く。
「私も触りたいときに触る。そう決めた」

口づけをして、それから。
ゆっくりと二人の間の距離が消える。

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