あいうえお44題


  さ : 咲く花の祈り <ロビン+ゾロ> Date:  



昼寝でもするかと、いつものように甲板に向かったゾロは、その足を止め、渋い表情を作った。
先客がいる。
よく晴れた甲板の上に、パラソルの付いた白木の丸いテーブルと椅子がある。
テーブルの上には読みかけの本とコーヒー。そして、椅子には黒髪の女が腰かけていた。

両肘をテーブルの上につき、軽く両手を組み、そしてロビンは軽く俯いて目を瞑っている。

どうしたもんか。
ゾロは顰め面のまま辺りに視線を走らせるが、珍しく甲板には誰もいない。
このまますごすごと引き下がるのは癪に障る気がする。
だからといって、このまま知らん振りして進むのも躊躇われた。ここで二人で仲良くお昼寝という気にはとうていなれないし、それに自分はこの女の傍で眠ることはきっとできないとゾロは思っていた。
仲間のようで、仲間でない。
指先に入り込んだ細い棘のようだとゾロは思う。何もしなければ、そこにそんなものが刺さっているとは気づかない。だが、その手を握れば必ず痛みを生む。

ゾロにしては珍しく、進退を決めかねたまま、ちらりとロビンを見た。

気まぐれな海風が、真直ぐでしなやかな黒髪をさらりと撫ぜていく。作り物めいた隙のない微笑がない分、いつもよりも穏やかな表情に見えた。
その姿は、祈りにも似ていた。

「どうしたの? そんなところで?」
少しのぶれもない涼やかな声がゾロに向けられる。
「寝てたとこ邪魔しちゃ悪ィと思ってよ」
とても悪いと思っているとは思えない無愛想な物言いにも、ロビンは微笑を返す。
「少し考え事をしていただけ。寝てはいないわ」
「そいつァ、どんな悪巧みだよ?」
皮肉気に口元を歪めたゾロに、ロビンはふと表情を消す。
「あなた達の旅の無事を願っていた。何て言ったら信じる?」
ゾロの眉が僅かに持ち上がる。そして、目を眇めながら口を開いた。
「そん中に、お前は入ってねェのかよ?」
その問いかけに、ロビンはその瞳の色を深くした。
「入っていて欲しい?」
試すような眼差しに、ゾロは言葉を失くす。欲しい、欲しくない。どちらの答えも適当ではない気がする。この据わりの悪さを表す言葉を自分は持たず、ややあってから、そんなに真剣に説明してやる義理もないということに気づき、ゾロは忌々しげに「知るか」と呟く。
そんなゾロの内心を見透かしたように、ロビンはまるで花が開くように笑んだ。
ロビンは最近、まれにこのような柔らかい笑みを見せることがあり、それはゾロの中にある本能的な警戒心のバランスを乱そうとする。
憮然とした表情で黙り込んだゾロから目を離し、ロビンは何事もなかったかのように、開いたままのページに視線を落とした。そうして、組んでいた両手をゆっくりと解いていった。
女のほっそりとした白い指が、次々と開いていく。
まるで花のようだとゾロは再び思ったが、もはや何も言わずにズカズカと定位置に向かうと腰を下ろし、早々に不貞寝を決め込んだ。

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