あいうえお44題
せ : 世界でたった一つの <フランキー+ナミ> |
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大時化の海の最期に待ち受けていた巨大な波。その上を滑るようにして一隻の船が姿を現した。
しっかりと踏ん張っていなければ足元をすくわれかねない程のうねりも徐々に治まり、あちらこちらで船を操作していたクルーの口から安堵の息が零れた。
地獄の空にこそ相応しく思える黒々とした雲が、船尾の向こうに取り残されている。
今、船の上では、パラパラと細かい雨を降らせる薄い雲が切れ、その合間から眩しい光が降り注いでいた。
工具箱を片手に提げ、点検の為に甲板に出たフランキーは、一転して明るさを取り戻した空を見上げて目を細めた。
その目の前に、自慢のリーゼントがへたりと垂れ下がった。エネルギーを使い果たした訳ではない。雨水を吸って重くなった髪を煩わしそうに後ろに撫でつければ、開けた視界の中に航海士の姿があった。
佇んでいたナミは、やがてマストに額をつけて目を閉じた。
具合でも悪いのか、と声をかけようとした矢先に、ナミの唇が何事か呟き、微笑を浮かべたのが見えた。
「どうした?」
フランキーが問えば、よほど気を抜いていたのか、ナミが飛び上がって驚いたので、それにつられてフランキーまでが仰け反ってしまう。
目を丸くしたナミが胸に手を当て、口を開いた。
「あー、びっくりしたァ!」
「こっちまで驚いたぞ、オイ」
間の抜けた顔を見合わせれば、やがて笑いが起こった。ひとしきり笑い終えると、フランキーは先程のナミの仕草について尋ねてみた。
「で、何してたんだ? 何か一人で喋ってたように見えたけどよ」
「やだ、見てたの!!?」
フランキーの言葉に、ナミは照れくさそうな、バツの悪そうな表情を見せた。
「何だ? 内緒話か?」
楽しそうな顔を見せたフランキーは、ニヤと唇を右に持ち上げると、ナミに顔を近づけた。
「どんな話だ? 俺にも聞かせろよ」
そんなフランキーを見上げ、ナミは唇を尖らせる。
「何でアンタに言わなきゃならないのよ」
「何でってそりゃァ」
フランキーは背筋を伸ばすと、真直ぐにマストを見つめる。
「コイツはこの世にたった一つの、言ってみりゃァ俺の息子みてェなモンだからよ」
そう言いながら、フランキーは労うようにペチペチとマストの表面を手のひらで叩く。
「子供の内緒話ってなァ気になるモンだろ? 親としちゃァよ」
そんなフランキーの言葉に、ナミはクスリと笑みを零し、仕方ないというように肩を竦めた。
「大したことじゃないわよ? ちょっとお礼を言ってただけ」
マストに触れているフランキーの大きな手。その隣にナミの華奢な手が並んだ。
「この船、本当にいい子。吃驚するくらい反応が早くて、本当に思ったとおりに動いてくれた。だからこんなに早く嵐を抜けられたのよ」
優しくマストを撫ぜる手を、フランキーはじっと見つめた。
確かにこの船の性能は抜群だ。それは自信を持って言える。だが、その性能を余さず発揮させたのは、この手の持ち主だ。
嵐の船上で、フランキーは正直、舌を巻いていた。
抜けるのに、少なくとも一昼夜はかかると踏んでいた嵐を、陽があるうちに抜けてみせた航海士。
乗船してまだ日も浅いというのに、並の航海士であればもて余すであろうこの船を見事に操ってみせたその腕に。
そんなことを考えていたフランキーの耳に届くナミの声は、どこまでも穏かだった。
「だから、ありがとう・・・って」
なるほどな――
フランキーはナミの手から、その顔へ視線を動かした。
晴れやかな顔を包むオレンジの濡れ髪。その毛先から落ちる滴が眩しく陽光を弾いた。
こんな風に言われたら、そりゃあ船だって話もしたくなるわな。
気づけば、ナミの頭を撫でていた。
思わず笑い出してしまいそうなほど、心が弾んでいた。まるで我が子にかけがえのない友人ができたような、そんな気持ちだった。
髪をくしゃくしゃにされながらも、大人しく撫でられていたナミがフランキーを見上げる。
「子供だと思ってるんでしょ?」
「んなこたァねェよ」
拗ねたナミの顔を見て、フランキーは苦笑を浮かべる。何だか妙に気恥ずかしい気がして、内心とは別のことを口にする。
「可愛いトコあんじゃねェかって思ったよ」
「同じことじゃない、それって!」
大きな手のひらの下で、ナミは可愛らしくフランキーを睨み、すぐに顔を綻ばせた。
その笑顔を見つめながら、フランキーはいつか出会うだろう、この船の化身に思いを馳せた。
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