あいうえお44題
ち : 近づけば近づくほど <チョッパー+ナミ> |
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どうしてあの時―――
ふと、過去に思いを馳せ、チョッパーは読んでいた本から視線を外し、その向こうに目を向けた。
この船にしては珍しく、静かなキッチンのテーブルの向かいでは、ナミが広げた海図に細々と書き込みを入れている。
右手が動く度にサラサラと揺れる明るい色の髪をぼんやりと見つめた。
あの時。
瀕死だったナミが目を覚ました時、どうして自分は口をきいたんだっけ?
いつもならば、ドクトリーヌ以外の目がある場所では獣から姿を変えることはしなかったのに。
まだ目覚めることはないだろうと油断していたとは言え、人獣型で近づいたことが今にしてみれば考えられないことだった。
チョッパーは記憶を手繰る。
そうだ。怖がらなかったんだ。
二本足で逃げた妙な生き物を、ナミはただ不思議そうな目で見ていた。口をきいた時には流石に驚いていたが、それからもナミは怖がる素振りは一つも見せなかった。
だからもっと話をしたいと思ったのかもしれない。
あの断崖を登りきった直後、ドクトリーヌの腕を掴んだルフィの手を、声にならない仲間という言葉を、チョッパーは忘れることができない。
まさに、身を挺してまで助けたがった人間がどういう人物なのか知りたく思う気持ちは、彼らが海賊なのだと知って益々強くなった。
チョッパーはナミ見つめ続ける。
生まれて初めて言葉を交わした海賊は、明るい笑顔の持ち主だった。
獣でも人でもない自分に何の拘りもない笑みを見せて、海に誘ってくれた。
明るくて、サバサバしてて、怒ると怖くて、そして―――
「そっか!!!」
うっかりあげた声に、ナミが目をぱちくりさせてチョッパーを見た。
慌てたチョッパーがとっさに両手で口を塞ぐ。チョッパーの手が離れた本は、バサリと大きな音をたててテーブルに倒れた。
「どしたの? 急に?」
「いや別に大したことじゃないんだけど・・・」
チョッパーは、カリカリと耳の辺りを掻きながら口を開く。
「ナミとドクトリーヌって・・・似てるかな、って」
へぇ、とナミの瞳に興味深げな色が浮かぶ。
「例えば?」
優しいところ―――
「えぇっと・・・」
一番に浮かんだその言葉を口にするのはどうにも気恥ずかしく、チョッパーは天井を見上げて口ごもった。
「怒るとすぐに手が出るところ・・・・とか・・・」
チョッパーの答えにナミは目を瞬かせる。チョッパーの目線は相変わらず天井を向いていて、それが忙しなく右に左に動いている。
全く、とナミは内心で苦笑した。
チョッパーも、あんなにウソップと仲良しなのだから、少しは上手な嘘のつき方を教えてもらえばいいものを。
「ふぅん?」
ナミは敢えて、不穏な笑みを作ってチョッパーに向けた。
ギクリとしたチョッパーの顔の前に、ナミは右手を伸ばす。思わず目を閉じたチョッパーを見て、ナミは微笑む。そうして、嘘のつけない生き物の青い鼻を、ナミは指先で優しく押した。
まるで何かの仕掛けが作動したかのように、チョッパーがその目をパチリと開けた。
共に過ごした時間が僅かでも、ナミにも、くれはの人となりは分かる。そして、チョッパーがどれ程彼女を慕っているのかも。
驚きに満ちたチョッパーの目に、ナミの優しい笑みが映る。
「それは光栄、と言っておくわ。ね?」
自分の考えなどすっかり見透かされているようだ。そんなところもよく似ている。
チョッパーは、わたわたと本を開き、照れた顔をその中に隠した。
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