あいうえお44題


  つ : 月は知っている <ゾロナミ> Date:  



船上で最も月に近い場所で二つの影が縺れ合う様に蠢く。
狭い見張り場で胡坐をかく男の上に向かい合うように女が座っている。半ば捲れ上がったスカートから伸びた脚が、満月の光に白く照らし出される。
片方の足首には下着が絡まり、その下着のあった場所には男の手が伸ばされていた。

誰にも知られてはならない、それはほんの一時の秘め事。
凪の海に男が見張りに立つ、その時だけの。

性急な愛撫にも慣れた女の身体は、時を経ずして解れ開いていく。
男の肩口に額を押し当て、女は絶えず浅い息を吐き続ける。これほどまでに感じていながらも、声一つ上げない女の頑なさを、忌々しくさえ男は思う。
声を上げてしまえばいいと男は思う。皆の目を覚まさせるほどに大きく悩ましい声を。
いっそ仲間の目の前で抱いて、この女が自分のものなのだと見せつけてやりたい。そんな凶悪な欲望すら頭をもたげてくる。

男が荒々しく指を挿し込めば、女は一層強く額を押し当て、キリと音がするほど歯噛みした。

挿し込んだ指の動きを緩慢にし、男は女の強張った顎を撫ぜるようにしながら持ち上げる。
そこには今にも蕩けそうな、一目見ただけで、男を堪らない気持ちにさせる顔がある。
それを見てしまえば、今度は誰にもそんな表情を見せたくないと思ってしまう。

全くもって度し難い己の心情に、男は薄く笑い、深く潜り込ませた指で女の身体を揺すった。
オレンジの頭が大きく仰け反り、月の光の下に白い喉が顕わになった。

この女の、こんなあられもない表情を知るのはやはり自分だけでいい。
か細い鳴き声を響かせる喉に、男は噛みつくように口づける。ふと視線を感じ、見上げた空には、白く輝く瞳が一つ。

知っているのは自分と月だけか。

いや、と男は天を仰ぐ女の頭に手を回すと、己が肩口に引き戻す。
月にさえ見せたくはない、と。


月だけが知っている。それは密やかで、激しい独占欲。

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