あいうえお44題
て : 手が届く所に <サンジ+ナミ> |
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白の絵筆で塗ったような輪郭のくっきりとした雲が青い空に浮かんでいる。
吹く風はやや強く、空と同じ色をした海は、気まぐれに白い波頭を描き出している。
絵に描いたようなのどかな昼下がり、甲板で洗い終えた布巾を干していたサンジは、海風にはためく白を満足気に見やり、咥えた煙草の先に火を灯した。
その場に行儀悪くしゃがんで、フィルタにかかるギリギリまでのんびりと一服つけた後、茶の支度でもするか、とサンジは立ち上がった。
キッチンに向かうべく振り向いたその時、階上にナミの姿を見つけた。見上げた視界に陽光が射し込み、サンジは目を眇める。
声をかけようと、振りかけた手をサンジは止めた。
木製のボードに留めた紙の束に、ナミは何やら書き付けをしていた。空を見上げ、海を見つめてペンを走らせている。真剣な眼差しで、だがナミの表情はとても楽しげだった。
そんな姿を目にしたサンジの脳裏に、不意に少し前に交わした会話が蘇った。
それは、音のない雨が降る日のことだった。
「もうすぐ一雨来るわよ」
ナミの忠告に従って、大急ぎで取り込んだ洗濯物を籠に放り込み、キッチンの扉に手をかけたその時、右頬にポツリと雨粒が落ちてきた。
「ホンット外れねェよなァ、ナミさんの予報」
感服したようにしみじみとそう言って、サンジはミントの葉を浮かべた紅茶をナミに差し出した。
「何でそんなによく分かるの?」
「何でって言われても―――」
サンジを見上げたナミは、どう説明したものか思案に暮れた顔をしている。それから瞳をくるりと巡らせると、その視線はテーブル上のある一点で止まった。
ナミは、真っ白な取っ手を摘むと、涼しげな香りを放つカップに唇を寄せる。こくりと喉を鳴らしてカップを置くと、ナミはサンジに微笑を向けた。
「ねぇ、サンジ君? そこのバナナっていつが食べ頃?」
「へ?」
面食らった顔で、サンジは右目を瞬かせると、ナミの指差す方にその目を向けた。そこにはまだ青みの残るバナナが一房置いてある。房の上に一つもがれた跡があるのはルフィの仕業だった。
昨日の夜、サンジの目を盗んでこっそり失敬し、テーブルの下で思い切りかぶりついたルフィだったが、甘み以上に強い青臭い味に堪らず呻き声を上げたのだった。その後、食べ残しなど以ての外な料理人の手で口を押さえられ、無理矢理に飲み込まされていたが。
そんなドタバタを思い出しながら、サンジはそうだな、と薄い髭の生えた顎に指をあてる。
「このままの陽気が続くんなら、あと二日ってとこだな」
「それ!」
「ん?」
サンジを見上げたナミは、にっこりと微笑む。
「サンジ君はどうしてそれが分かるの?」
サンジは一瞬、きょとんとした顔を見せ、バナナに視線を向け、それから再びナミを見て、口元に笑みを乗せた。
「・・・・・・なるほど」
経験と、それに裏打ちされた直感、か。
サンジが見つめるなか、休むことなく動いていたナミの手が不意に止まった。
船尾から吹きつける風にオレンジの髪が踊る。頬を撫でる毛先に目をやり、ナミはくすぐったそうに目を細めた。
くすくすと楽しげに笑うその姿は、まるで風と話をしているようで。そんな時のナミは、他のいつにも増して綺麗に見える。
空も海も、そんな彼女を愛さずにはいられないだろうと思えるほど。
サンジは思う。
風の声を聞き、海と語らう。そんなことが実は出来るのだ、とあの時言われたとしても疑いはしなかったろう。
書き付けを片手に、ナミは大きく伸びをする。まるで大空を抱きしめるかのように。
サンジは小さく息を吐いた。
こんなに近くにいるのに、声をかけることも手を伸ばすことも躊躇われてしまう。
恋敵は、目の前に広がる空と海、か。
「手ごわいったらねェな」
とりあえず、美味しいお茶を淹れて差し上げることから始めるか。
腕まくりをしながら、サンジはキッチンへと足を進めた。
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