あいうえお44題


  と : とてもとても幸せな <メリー> Date:  
火が近づいてくる。
おしまいの火。
自分をこの世界から、そして大好きな人達の前から消し去ってしまう火。
けど、ぼくは全然怖くなんてなかった。

『メリー』
そう呼んでくれる声があるから。
『海底は暗くて淋しいからな』


そんなことないよ。

いっぱいの、本当にいっぱいの想い出を乗せてるから。
いつでも、いくつでも思い出せる。
みんなが遊んで、食べて、戦って、泣いて、怒って、喧嘩して、笑って、笑って、笑って。
ぼくの冒険はここまでで、それはほんの短い間の出来事なのかもしれない。
他にはもっともっと長生きしてる船があるのかもしれない。
でも、ぼくを助けてくれた人が褒めてくれた。凄い海賊船だったって。見事だったって。
ぼくはとてもとても嬉しかったんだ。だから平気。

本当はみんなともっとずっと一緒にいたい。
けど、他のどんな船にも負けない想い出を一緒に持って行くから大丈夫。


ありがとう。
ぼくのために泣いてくれて。

煙があちらちから上がって、からだがどんどん剥がれていくのが分かる。
だけど、怖くないよ。
大丈夫。心配しないで。
これから行く先は暗くないし、淋しくもないよ。

みんなのことを思い出せばいつでも笑えるから。
みんなの笑う顔を思い出せば、ぼくはいつでもキラキラ光る温かいものでいっぱいになる。


パチパチって音がすぐ傍で聞こえる。
もう、何にも見えない。けど、平気。

ぼくはこれから海の中でずっと幸せな幸せな夢を見てる。

だから泣かないで。みんな、笑って。


さよならは言わないよ。


みんな、行ってらっしゃい。






そして、おやすみなさい―――

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