あいうえお44題
い : いつだって俺らは <ゾロ+サンジ> |
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「ゲッ!!」
不快感を隠そうともしない声。
「チッ!!」
吐き捨てるような舌打ち。
その二つの音は、出会い頭に二人の口からほぼ同時に発せられた。
久方ぶりの陸地である。
巨大な港に、よく整備された石畳の道。広々とした道沿いに等間隔で植えられた緑もまた、よく手入れされているようで、形の良い枝が心地のよい葉ずれの音を道ゆく人々に届けている。
白壁で統一された街並みは青空の下でどこまでも美しく、その前に張り出された露天幕の赤や黄色をいっそう色鮮やかに見せている。
その店頭に並べられたさまざまな品物は、港の規模を反映して、質、量とも文句のつけようがなかった。
「ついてねェ」
サンジは自棄気味に頭を掻きながら、苦々しく呟く。
街は広く、そして見目麗しいレディ達が溢れているというのに。どうして今この瞬間に目の前にこのむさい男がいるのか。
「そりゃこっちのセリフだボケ」
ゾロに即座に切り返され、サンジの渦を巻く眉毛がきりりと吊り上がる。
「うるせェ! 俺の方がてめェなんかより万倍ついてねェわ!」
「あァ!!?」
跳ね上がる語尾に最大級の挑発を感じ、サンジは煙草を咥えた口の端を歪めた。
「やんのか、オイ!」
「ったりめェだ!」
ゾロの手が腰に伸び、サンジは右の爪先でトントンと軽く地面を蹴った。
互いに臨戦態勢を整え、あとは仕掛けるタイミングを待つばかり、となったその時だった。
「何あれ?」
「いやだ、喧嘩?」
聞こえてきたそんな声に、二人は同時に互いから意識を外す。辺りを見回せば、通りの人々が遠巻きに二人を見つめている。
人が人を呼び、二人の周囲にはちょっとした人だかりができつつある。ひそひそ声のなかに「海軍」「通報」という二文字を聞いた二人はぴたりと動きを止めた。
「オイ、クソ野郎」
戦闘態勢を解いたサンジがつつとゾロの横に移動した。
「俺ァ元々綺麗なおネェさまを山ほどナンパするつもりだったんだ」
てめェは?と目で問うたサンジに、ゾロもまた低い声で答える。
「俺はいい武器屋がありゃァ見てェと思ってた」
二人とも目的は違えど、考えは同じだった。
久しぶりに船から離れて、ぬるま湯のような日常に埋もれてみたかった。血と硝煙の匂いから少し遠ざかるのも悪くないと思っていた。
「なら、仕方ねェ」
サンジは溜息混じりで肩を竦めると、意を決したように口を開く。
「いやあ、久しぶりだねェロロノア君」
下手糞な役者の台詞を思わせるような一本調子で声を張り上げたサンジは、右の頬を引きつらせながら笑顔を作ると、親しげにゾロの肩をポンと叩いた。
「・・・・あ・・・あぁ」
サンジの勢いに押されるようにぎこちなく応じたゾロにサンジは顔を寄せる。
「俺だって嫌々やってんだ。てめェも少しは協力しやがれ」
張り付けた笑顔とは裏腹に、ささやく声はやけにどすが利いている。
「お・・おう」
ゾロもまた不器用な笑顔をその顔に乗せ、サンジの肩を叩く。
「立ち話もなんだから、どうだその辺で一杯」
「お・・おう」
ギクシャクと互いの肩に手をかけ、足並みを揃える二人を見て、周囲から再び声があがる。
「喧嘩じゃないぞ」
「友達同士じゃないか」
その言葉に二人は揃って嫌な顔を見せたが。
二人を取り巻き、足を止めていた人々が興味を失い、それぞれ移動を始める。別の通りから騒ぎ声が聞こえてきたのは、そんな時だった。
再び足を止めた人々の方へと騒ぎの元がどんどんと近づいてくる。通りの向こうに目をやる人々と同じく、ゾロとサンジもまた振り返り、眉を顰めた。
「何かスゲェ嫌な予感がすんだけど」
「偶然だな。俺もだ」
そうゾロが応じた次の瞬間、先陣をきって猛ダッシュする麦わら帽子が二人の目に映った。そして、その後に続く海兵海兵海兵海兵・・・・・・・・・
「今までの苦労が全部パーかよ」
サンジは右手で額を押さえ、大仰に哀れっぽく溜息をついた。
「俺の束の間の日常がァァ」
「何言ってやがる」
ゾロは不敵な笑みを向ける。
「考えてみりゃあこっちのが俺たちにゃ相応しいじゃねェかよ」
「ったく、ついてねェ」
そう呟くサンジの顔にもまた、隠し切れない高揚感が見て取れた。
鯉口をきりながらゾロがちらりとサンジに目をやる。
「行くぞ」
ゾロの声にサンジが駆け出しながら、陽気な調子で返す。
「俺たちの日常ってヤツにな」
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