あいうえお44題
う : 嘘つきの優しさ <ウソップ+ナミ> |
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目を覚ました時、まだまだ辺りは真っ暗だった。
周囲にはいくつもの寝息が聞こえる。ここしばらくの間、一人で寝ていた所為か、人の寝息が何だかとても懐かしく思えた。
起きようとして、自分が寝ているのがもうハンモックではないことに気づいた。うっかり寝返りをうとうものなら、たちまちひっくり返りそうになっていた寝床は、今はしっかりとした作りの木の箱になっている。
新しい船での出港を祝してあれだけ飲んで騒いだのに、目はやたらと冴えてしまって、もうどうにも寝むれそうになかった。
部屋を抜け出し、新しい匂いで満ちた通路を抜け、キッチンの扉を開けると、そこに人影があった。
「・・・ウソップ」
グラスを傾けていたナミがおれの名を呟くように呼んだ。
「あんたもいる?」
ナミは空になったグラスを軽く持ち上げた。中の氷がグラスにぶつかり、カラリと涼しい音をたてる。
「お酒じゃないわよ。水・・・・冷たいのが飲みたくて」
そう言えば、女部屋にも水場があるのだ。この船には。
「って、お前、どうやって氷出したんだよ。鍵ついてんだろ?」
奥に設置してある立派な鍵付きの冷蔵庫に目をやると、ナミは小さく笑って髪に手を伸ばした。
「鍵なんて」
そう言って取り出したのは、細いヘアピンだった。
「ったく、手癖の悪ィ女だな。相変わらず」
ナミはクスクスと笑いながら、グラスに水を注いでおれに差し出した。
グラスを貰おうとした手を、寸前で止めた。微妙にヤベーセンサーが働いたからだ。
「・・・・金取る気じゃねェだろうな」
「取らないわよ、馬鹿」
受け取ったグラスはやけに冷たい。一気に中身を飲み干して、氷をも口の中に納める。ガリガリと音をたてて氷を噛み砕く間、ナミは穏かな瞳で俺のことを見ていた。
あの日。
ルフィと戦って負けたあの日に垣間見た。
それは、俺が涙を流させた瞳だ。
そのことを思い出した途端、耐え切れないほどの痛みが湧き上がり、俺はその目から逃げた。
「あの夜――――」
ナミの声が、夜のしじまに、まるでさざなみのように広がっていく。
「泣いてたわ、ルフィ・・・・アンタと戦った後で」
痛いほどの視線を頬に感じる。
「あんな風に泣くの、初めて見た」
淡々と言葉を紡いでいたナミの唇が不意に止まった。
「・・・・だから、私はあんたを許さない」
俺を見つめるナミの目は、どこまでも静かだった。
「あんな風に、ルフィを泣かせたあんたを絶対に許さない」
ありがたい。そう思った。
その言葉を聞いて、変な話だが俺は救われた思いがした。
あの時の決意は、間違っているのかも知れないが後悔はしていない。あの時は、ああするより他はなかった。
だから、俺に降りかかる痛みなら何でも受け止める覚悟はある。だが、俺の所為で傷ついた仲間のことを思うと、底なし沼に引きずり込まれるような罪悪感にとらわれてしまう。
まるで何事もなかったかのように接してくる仲間の顔を目にする度に、ほっとしながらも、どこかで逃げ出したいような居た堪れなさを感じていた。
だからこそ――――
気がついた時には手を伸ばしていた。
ナミの腕を掴んで引き寄せた。瞬間、俺を見て大きく見開かれた瞳が妙に頭に残った。
つるむようになって大分経つが、思えばこんな風にナミに触れたのは初めてだった。
腕の中のナミは想像よりもずっと華奢で、そして温かかった。
「・・・・ありがとう」
そう口にした途端、さほど高さの変わらないオレンジの髪がピクリと動いた。
「何よ・・・」
俯いたままのナミの声は僅かに震えていた。
「私は『許さない』って言ってんの・・・寝ぼけたこと言うんじゃないわよ」
嘘つきめ―――
お前がどんだけ愛情深いひねくれ者か、俺が知らないとでも思ってるのか?
お前がそうやって真直ぐに責めてくれるから、俺は後ろめたさを一人で恐れずにすむ。
その為にわざわざ憎まれ役を買って出たんだろうが。
嘘で俺に敵うと思うなよ?
「・・・あぁ・・・お前は一生俺を許さないでいてくれ」
肩口に押し当てられた額が、小さく頷く。
そして、この優しい嘘つきは、俺の肩を温かな涙で濡らした。
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