あいうえお44題


  に : 似て非なるもの <ゾロとサンジについて> Date:  
「随分と賑やかね」
キッチンから出てきたロビンはにこやかに微笑むと、ナミの居る方へと足を向けた。
柵に両腕をのせて甲板を眺めていたナミが、その声に振り返る。
「コーヒーのお代わりを頂こうと思っていたのだけど、ちょっと無理そうね」
やれやれといった風でナミは大儀そうに前を向く。
「今日も平和ってことなんだけけど」

おりしも甲板の上では、ゾロの突き出した刀をサンジが真横から蹴り落とそうと脚を繰り出していた。


煌く白刃とそれに怯むことなく挑みかかっていく黒の脚。
幾度も幾度も交差するその二色は、溜息をつきたくなるほど美しくすらある。
ハゲだのアホだのという幼稚な罵倒の言葉を無視さえすれば。

「寄ると触ると喧嘩するなんて本当に仲がいいのね」
この船に乗ってからまだ誰とも喧嘩をしたことのない女の横顔を、ナミはチラリと盗み見た。
「同属嫌悪って言葉もあるわよ」
肩を竦めたナミの視線の先で、落ちてくるサンジの踵を峰で受止めたゾロが、サンジの身体ごと刀を振り上げた。まるで重さを感じさせない動きで宙を回ったサンジが着地するやいなやを再びゾロが狙った。

似ていると言えば似てる。
目つきの悪いところとか、気短なところとか。
似ていないといえば似ていない。
戦いに向かう思考も。戦い方も。

にも関わらず、この二人は戦場では見事な連携を披露してみせたりする。以心伝心という言葉がぴたりと嵌まる程に。

目の前で繰り広げられている諍いは益々熱を帯びていく。
互いに船壁に叩きつけられながらもゾロが右の頬を持ち上げ、サンジが口の端を歪める。

この二人の争いが遊びであるのか、本気であるのかナミには分からない。遊びと本気と。彼らにとってその二つは重なり合うほど近くて、けれど決して混ざり合わないものなのかもしれない。まるで彼ら自身のように。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、横薙ぎの一閃を軽々と飛び越え、サンジがゾロに迫る。互いしか映していない瞳と、愉悦を湛える口元。


そろそろ止めとく?
目で訴えたナミに、ロビンは心得たように頷く。

「ゾロっ! いい加減にしないと怒るわよ!!」
「コーヒーのお代わりを頂ける? コックさん?」

ゾロがギクリと背中を震わせ、サンジは一気にやに下がり、真昼の決闘は女達の一言で幕を閉じた。

ゾロのことなどもはや見向きもせず、サンジは尻尾を振らんばかりの勢いで、いつもの軽口を叩きながら駆け寄ってくる。そんなサンジをゾロは冷ややかな目で見つめながら刀を納めた。偶然に向けたナミの視線の先で、一瞬、その表情が変わった。
唇を僅かに尖らせ、ゾロは舌打ちをしたようにも見えた。まるで玩具を横取りされたような拗ねた顔。

全くもう。そんな子供みたいな顔しないでよ。
焼きもちにも似た気持ちを抱いて、ナミはご相伴に預かるべく、キッチンへと向かった。

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