あいうえお44題
の : 脳裏をよぎるもの <ゾロ+ウソップ> |
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普段は大して意識をしていなくとも、いざ、当たり前に備わっていたものが見当たらなくなってみると、妙に落ち着かない気がする。
ゾロは己の足元をしげしげと見つめる。そこにあるべき影が、今はどこにもない。
そして、奪われたものは影だけではなかった。
今にも噛み付きそうなサンジの視線におののきながらも、ウソップはナミが拉致された事件の顛末を語った。
「てことは、だ」
サンジが呟く。意外にも冷静な声音だったが、それは更なる怒りの前触れだった。
「ロビンちゃんの珠の肌をいいように舐めやがったのも、俺の華麗な跳躍を邪魔しやがったのもそいつの仕業かァァ!!」
強く握った拳をぶるぶると震わせ、サンジが叫ぶ。
「あまつさえナミさんと結婚だとふざけやがってェェ!!」
炎上し続けるサンジに、ゾロが冷ややかな視線を向ける。
「うるせェぞ。ほげー」
「あァん!?」
ガアガアと喚くサンジに放置し、ゾロはその場を離れる。
「透明人間、か・・・・面白ェ」
凶悪な笑みを浮かべたゾロを見てウソップが顔を顰めた。
「面白がってる場合じゃねェって、マジで!! どこにいるか分かんねェんだぞ。風呂場で出くわした時も、素っ裸のナミしか見えなかったんだからな!」
「だから面白ェんじゃねェか」
浮かべる笑みは更に凄惨なものへと変貌する。
相手にとって不足なし、と歩き出したゾロの足がやがてぴたりと止まった。
何かがひっかかる。
何だ?とゾロはウソップとの会話を思い返してみる。
透明人間・・・・これはいい。
風呂場・・・・・これも、まぁいい。
素っ裸のナミ・・・・・・素っ裸ァァ!!?
ゾロはつかつかとウソップの元へと戻ると、その腕を掴み、部屋の隅へと押しやった。
「な・・・な・・・なんだ? どうした急に!!?」
目を白黒させるウソップに、ゾロはずい、と凶相を近づける。
「見たのか?」
「は?」
「見たのかって聞いてんだよ!?」
抑えた声音は、より一層得体の知れない迫力を醸し出している。
「見てねェよ。見えねェって言ったろ、透明人間なんだぞ!!」
「そっちじゃねェ」
「あ?」
ポカンと口を開けたウソップに、ゾロは益々声を潜めて問いただす。
「ナミを、だ」
ウソップの瞼が忙しなく二度瞬いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ウソップの脳裏に、湯煙の向こうに見たナミの肢体が蘇る。壁にはりつけられ、露わになった一糸纏わぬ姿。
暫しの沈黙の後、長い鼻の根元からたらり、と血が垂れる。聞かずとも答えは明白だった。
「ゾ・・・ゾロ君?」
鼻を押さえながら、恐る恐るといった風でゾロの顔を覗き込むウソップ。直後、見なければよかったと海より深く後悔することとなった。
「ウソップよ・・・・さっき見たこと全部忘れるのと、忘れさせられんのと、どっちがいい?」
「忘れる忘れる!!! っていうか、アレー? 今何の話してたっけー?」
即効で空惚けてみせたウソップに、よし、と頷くと、ゾロは右頬を引き攣らせながら笑った。
「その透明人間野郎・・・・思い出したくても二度と思い出せねェよう叩き斬ってやる」
地獄の底から響くような禍々しい笑い声を残して去っていくゾロ。
その背を呆然と見つめながらウソップは思った。骸骨にゾンビに透明人間。山ほど見てきたこの世ならざる者達の上をいく恐ろしい男は、よくよく考えたらこんなに身近にいた、と。
そして、そんな男の怒りを一身に受けることとなった顔も知らない男に、ウソップは僅かばかり同情心を抱いた。
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