あいうえお44題


  ほ : ほんとうのこと <シャンクス+ルフィ> Date:  



風の強い日だった。
村とは正反対に位置する崖の縁に大小の人影があった。
乾いた風が細かな砂利を巻き上げる。ぱちぱちと砂が顔にぶつかり、ルフィは煩わしげに目を閉じた。
そのすぐ横で、利き腕を失って間もないシャンクスが残された手を持ち上げた。その手には酒瓶が握られている。
床払いから日は浅い。きっと船医や副船長の目を盗んで持ち出したのだろう。
シャンクスは噛み付いて引き抜いたコルクを、ぺっと地面に吐き出す。僅かにバウンドしたコルクは風に飛ばされ、あっと言う間に海へと運ばれていった。
瓶に直に口をつけ、瓶を傾ける。美味そうに喉を鳴らすシャンクスをルフィはじっと見つめていた。
満足気な顔で酒瓶から唇を離したシャンクスは、真直ぐに海を見つめ、その目を細くする。
「来たな」
独り言のように低いその声に、何事かとルフィも海に目を向ける。
だが、ルフィの低い視点からでは、海上に影一つも見つけることはできなかった。

「ルフィ」
突然に名を呼ばれ、ルフィは顔を上げる。
いつもと同じようにシャンクスはその顔に軽い笑みを乗せた。
「一つ良い事を教えといてやる」
「良い事?」
シャンクスを見つめる視界の端に、動く何かを捉え、ルフィは海へと顔を向けた。
そこは、シャンクスの腕を食いちぎった主の縄張りであり、通る船も滅多にない。だが、ルフィの目に映ったのは船影だった。そして、それは紛れもない赤髪海賊団の船であった。
「シャンクス! 船が―――!?」
驚くルフィに構わず、シャンクスは話を続ける。
「良い仲間ってのはどんな仲間だと思う?」
沖へと向かう船を見つめながら、ルフィは考え込み、ややあってから口を開いた。
「強ェヤツか?」
「いや」
「頭が良いヤツか?」
「違う」
だったら、と僅かに尖らせた口元をおさめ、ルフィは答えた。
「面白ェヤツ!」
思わず噴き出したシャンクスは、肩を揺らしながらルフィに語りかける。
「それにゃ、賛成しちまいたいが、ちょっと違うな」
「・・・・じゃあ、どんなヤツだよ」
シャンクスは口を開く代わりに静かに海を指差した。
二人の立っている場所からそう離れてはいない沖合で船は停止した。
クルー達が甲板へと集まってくるのが見える。その中心に、纏めて縛られている三人の男の姿がある。ルフィにはその顔に見覚えがあった。
シャンクス達にいいように叩き潰された山賊の生き残りだった。

舷側から海に向けて細長い板が渡される。
戒めを解かれた男達が、何やら喚きながら一人、また一人と板の上をにじり歩き、海へと落ちていった。

「生きて陸に辿り着けたら放免だ。まぁ、海賊のよくやる約束事みたいなもんだ」
目の前の事実を淡々と説明したシャンクスをルフィは見上げる。
その時、一際強い風が吹き荒れ、男の赤髪を掻き乱した。風に舞うその髪は、ルフィの目にはまるで炎のようにも見えた。

船から落ちた男達は、ようやく海面にその顔を出した。
列をなし、陸に向けて必死に手足を掻く男達の背後に、不意に白波が立つ。
うねりを見せた海面が唐突に静まった。そう思った瞬間、最後尾を泳いでいた男の姿が海中に没した。
声をあげる間もなく、次の男の姿が消える。
ただ一人残った男もまた、時を置かずして二人の後を追うこととなった。

「運がなかったな」
感情の読み取れぬ口調でそう言うと、シャンクスはルフィを見下ろす。
「これで分かったろ? 本当にいい仲間ってのはな」
真面目くさった顔でシャンクスは続ける。
「悪運が強いヤツさ、そう思わねェか?」
そうしてシャンクスはルフィの頭をくしゃりと撫ぜると、まるでそこいらのガキ大将のような顔で笑った。

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