あいうえお44題
む : 難しいことじゃない <サンジ> |
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肉厚のナイフが鈍い光を放ちながら空を裂く。
食料品がぎっしりと詰まった大きな紙袋を両手に抱えたまま、サンジは己に向かって突き出されるナイフを悠然と眺めた。
買出しを済ませ、停泊地までの近道に、とうらぶれた路地に入り込んだサンジを待ち受けていたのは、そこにこそ相応しいと言える風体の三人組の男だった。
いかにもチンピラといったその表情を一つずつ眺め、サンジは思う。
これで「アナタは神を信じますか?」何て言い出したら、残りの金を寄付してやってもいい。例え、後でナミさんにぶん殴られるとしても、だ。
そんなサンジの前で、男達は胸元から折り畳みのナイフを取り出す。めいめいがその手を軽く振り、現れた刃先をサンジに向けた。
「・・・・持ちモンと有り金全部置いて行け」
一際体格のいいリーダー格の男が、全くもってこの場に正しくそう口にしたので、サンジはナミに殴られる心配はなくなった。
それはそれでつまらねェな。
怒ってるナミさんも可愛いからなぁ。あの目で睨まれると痺れるもんなぁ。
そんなことをぼんやりと考えているサンジの態度を、正面に陣取った男達は無視されたものととったらしい。苛立たしげな表情と共にナイフを閃かせた二人がまずはサンジに向かってぶつかっていった。
サンジは顔色一つ変えるでもなく、最低限の動きでもって左右から襲い来る二つの切先をかわした。屈んだ格好のまま、低い位置からそれぞれに蹴りをくれてやる。男二人は踏み潰される蛙のような声をあげて壁に叩きつけられた。
細かな壁の破片と共に地面に崩れ落ちた二人を見て、リーダー格の男は無言のまま、胸元からもう一本のナイフを取り出した。
どうやらまだやる気らしい。馬鹿ではあるが、仲間を見捨てて逃げる腰抜けではなかったことを、サンジは内心好ましく思った。
買い物袋を抱えた男と、ナイフを構える男が対峙する。先に動いたのはナイフの男だった。
一足飛びにサンジのもとへと詰め寄ると、二本のナイフを巧みに繰り出す。目先に迫る切先をサンジはかわしながら、僅かに目を細めた。
こんなところでカツアゲをさせとくには惜しい腕だとサンジは思った。それでも、しなるゴムの腕ほどの俊敏さはなく、三振りの白刃ほどの鋭さもない。
全ての攻撃をかわされた男の手が疲労で鈍るその一瞬を、サンジが見逃すことはなかった。
初めて大きく左に身をかわし、振り上げた右足の踵を男の手首に叩き込む。男の両手ごと足を振り切れば、男は低い悲鳴をあげて二本のナイフを取り落とした。サンジは間髪居れず、体勢を崩した男の上半身にも蹴りをくれた。
その身体がひび割れた壁に叩きつけられるのと、取り落としたナイフが二本、地面に突き刺さったのはほぼ同時であった。
戦闘の間、全くの無表情だった男が初めて表情を変えたのは、最後に放った蹴りの後、抱えた袋からトマトが一つ零れ落ちた時だった。
土埃の中を転がり、今しがた片付けた男の足元で止まったトマトをサンジは憮然とした顔で眺めた。それは落としてしまった自分に腹を立てているように見えた。
サンジは、地面の平らな場所に、倒れないように細心の注意を払って二つの袋を置くと、男のもとへと足を進めた。ボロボロの男達には目もくれずにトマトを拾い上げ、片側がつぶれてしまったそれを痛ましそうに見つめた。
その時、トマトの甘酸っぱい匂いに誘われたかのように、サンジの足元で男が盛大に腹を鳴らした。
「腹ァ、減ってんのか?」
壁にもたれ、ぐったりと腰を下ろしていた男はチラリとサンジを見上げたが、すぐにその目をそらした。
サンジは肩を竦め、トマトを片手に地面に突き刺さったままのナイフを一本抜いた。その様子を見て、男は身を固くしたが、何の抵抗もできそうにないと悟ると自嘲の笑みを浮かべた。
ナイフを抜いたサンジは、だが、男の予想外の行動を始めた。
辺りを窺い、ちょっとした水場を見つけるとトマトとナイフを丁寧にすすいだ。
戻ってきたサンジは、二つの買い物袋の前に行儀悪くしゃがみ込むと、両脚で二つの袋を挟んで支えながら中を探る。
力なくへたり込む男達の前で、まずはパンを、続いてハムを切る。そして、マッシュルームとにんにくを細かく刻み、それらをマヨネーズの瓶の中に入れた。
男達は目を見張る。サンジはその作業をナイフの一本だけでやってのけたのだった。
一方がつぶれたトマトをスライスし、全ての材料をパンで挟みこむと、サンジは最後に、つぶれたトマトを己の口に放り込んだ。
「おら、食え」
分厚いサンドイッチを差し出したサンジを、男は睨みつけた。
「施しなら受けねェ」
「カツアゲはするクセにか?」
サンジは、煙草に火をつけながら可笑しそうにそう言って息を吐き出した。
「コックがメシ食わせんのは施しじゃねェだろう?」
簡単な計算を間違えた子供にでも向けるような顔で、サンジは男に言った。
「・・・・・コック? てめェが?」
確かに、先ほど見せた手際は只者ではないと思わせるものがあったが。
「そう見えねェか?」
凶悪な顔で笑って見せるコックを見て、男は肩を揺すって低く笑う。コック。コックだと? コックにのされたって訳か。
体の痛みに顔を歪めつつも、笑いの残る顔で男はサンジを見つめる。
「・・・・・・・何にしろ払う金がねェ」
男の答えに軽く肩を竦め、サンジは口を開く。
「だったら、海賊の気まぐれだとでも思っとけ」
「・・・・・・海賊?」
煙を吐き出し、サンジはああ、と応じる。
「見えねェか?」
「見えるな」
男はそう言って歪めた口元で、差し出されたサンドイッチにかぶりついた。
「・・・・・・・・美味ェ」
心の底から湧きあがった言葉に、サンジは破顔する。
とても海賊とは思えない無邪気なその顔を見て、改めて男は目の前の男がコックであることに得心がいった。
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