あいうえお44題
隠し味にはオレンジリキュールと、あと一つ。
冷蔵庫から冷えた銀のバットを取り出し、サンジはその形を壊さぬように慎重に中身を取り出す。
まな板の上に現れたのは、真白な生チョコレート。
大きな板状のホワイトチョコを均等に切り分けるべく、サンジは包丁を乗せて体重をかける。
柔らかな生チョコとはいえ、それなりの力は要る。ゴトン、と鈍い音をたてて、包丁の刃がまな板を噛んだ。
丁度一口サイズのチョコレート片が五つほど生まれたところで、扉が開いた。
夜風に乗って洗い髪のよい香りがした。
「ナイスタイミング、ナミさん」
言ってにこやかに振り返れば、果たしてそこには艶やかに濡れたオレンジの髪にタオルを乗せたナミの姿があった。
「よく分かるわね」
苦笑を浮かべて近づいてくるナミに、サンジは目を細める。
「百メートル先からだって分かるさ」
「それはどうも」
それに、とサンジはやけに真剣な表情でナミの目を見つめた。
「濡れ髪のナミさんは、いつにも増して素敵だ」
はいはい、といつもの賞賛をいつものよう受け流してナミはサンジの背後、まな板の上を覗き込む。
「あ! 美味しそう!!」
「明日のデザートのつもりだったんだけど、折角だから味見してみる?」
サンジの言葉に、ナミは口元に指をあて、考え込む。
「寝る前とは言え、心の動くお誘いね」
答えを待たず、サンジは指先で一欠けらを摘むと、ナミの口元に運ぶ。
「いらないなら、俺が自分で味見しますけど?」
「サンジ君の意地悪」
澄ま顔のサンジを一睨みしてから、ナミは口を開いた。
「美味しーい!」
あっと言う間にほころんだ顔に、サンジもまた相好を崩す。
「今回はナミさんのミカンにもご協力頂きました」
サンジは薄いオレンジ色の液体が入った小瓶をナミの目の前で軽く振った。
「今回は隠し味にオレンジリキュールを使っております。レディ」
恭しくお辞儀をした後、サンジはにこりと笑み、人差指を立てた。
「それと、美味しく頂くコツがもう一つ」
「何?」
「じゃあ、目ェ閉じてくれる? ナミさん」
ん、と短く応じ、ナミは瞳を伏せる。
閉じた瞼で動く気配を感じた次の瞬間には唇は奪われていた。
驚きで開けた瞳に、サンジの悪戯な瞳が映る。
一瞬の自失の隙をぬうように柔らかな唇をすり抜け、サンジの舌がナミの中に入り込む。
ナミの舌の上で半ば溶けかかったチョコを、器用に動く舌が絡め取っていく。
「ちょっと溶けたあたりが一番美味かったりして」
目を丸くしたままのナミに、サンジはゴチソウサマ、と涼やかな笑みを向けた。
「・・・・サンジ君?」
すう、と目を細くしたナミの前に、サンジはしれっともう一つチョコを差し出す。
「おかわり、いる?」
その言葉に、ナミは鮮やか過ぎるほどの不敵な笑みを返した。
「勿論頂くわ」
けど、とひらりとナミが手首を翻せば、サンジの指先にあったチョコはナミの指先へと移動していた。
もう一方の手をサンジの顎へと伸ばし、その口を開かせると、ナミはその中にチョコを放り込む。
「自分の物を取られるのは大嫌いなの。私」
そう言ってナミは爪先を伸ばす。
サンジの唇の手前で、ナミは再び唇を開く。
「人の物を頂くのは大好きだけど」
「なるほど」
小さく笑んだサンジは軽く目を閉じ、チョコレート泥棒の襲来を待った。
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