あいうえお44題
ゆ : 行くベきを知ってる <ゾロナミ> |
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持ち出せる全ての荷物と共にメリー号を降り、ウォーターセブン裏町の宿屋に入ったのは真夜中にもかかろうとする頃だった。
大荷物と共に転がり込んできたいかにも訳ありの一団を見て、宿の主人は眠そうな顔を顰めたが、相場の倍以上の金を渡して部屋を二つとった。
埃まみれの身体にシャワーを浴び、ナミはバスルームを出た。
灯りを消したままの室内に、船から持ち出した荷物の山がある。今朝までは当たり前のように船に収まっていた物達。どうしてこれがこんなところにあるのか。
原因も、経過も、結果も分かっている。分かってはいるが、ナミにはどうしてもこの状況を受け入れることができなかった。
濡れ髪にタオルを被ったまま、ナミはただ立ち尽くした。
街灯の灯りをぼんやりと受ける窓をナミは見つめる。その窓に細い雨粒が流れた。
雨か。そう言えば妙な風が吹いてたっけ。
それでも長くは降らないだろう。明日までにはある程度天気は回復する。考えるでもなく、そんなことならつらつらと頭に浮かぶというのに。
ナミの見つめる先で、雨はまるで掻き傷のように窓にその跡を残していく。
考えなくてはならないことは山のようにある。分かっていてもナミは上手くその方向に頭を働かせることができなかった。
窓に増えていく掻き傷をぼんやりと見つめていたナミは、背後で扉が開いたことに暫く気づかなかった。ふと気づけば背後から足元に光が伸びていた。慌てて振り返ったナミの頭からタオルが落ち、床に広がる。
「何呆けてやがる」
苦笑交じりに息を吐き、ゾロは部屋の中に入ると扉を閉めた。歩きながら落ちたタオルを拾い、軽くはたく。ぽつりと毛先から雫を滴らせたナミの頭にゾロはそれを被せた。
「風邪ひくぞ」
タオル越しの大きな手が、何度も不器用にオレンジの頭を撫ぜる。引き寄せられる力のまま、ナミはゾロの胸に額を預けた。
かしかしと布と髪の擦れ合う音が耳に心地よい。たどたどしく動く手と額に当たる胸の温もりがナミを無防備にさせる。
「どうしたらいいのか――――分からない」
口から出る言葉に理性のフィルタがかからない。
「この前、ルフィを失くしそうになったばかりなのに」
何かに操られでもしているように口は勝手に動く。
「メリーは直らないし、ロビンが消えて、ウソップまで」
ゾロの胸に額をつけたまま、ナミは顔を左右に振る。
「どうして何もかもがこんなに急に」
ナミは伏せたままの顔を両手で覆った。
「ゴメン・・・・こんなこと言うつもりはなかったのに」
振り絞るようなか細い声に、ゾロは髪を拭く手を止めた。
「誰が・・・何がいつ欠けてもおかしくねェ道行きだ。俺たちのは」
闇に溶ける、それは穏やかと言ってもいいくらいに静かな声だった。
「この先は益々、な」
それはナミ自身も理解しているつもりでいた。危機は幾つもあった。けれども、涙を流すほど、実感として身に迫ったのは今回が初めてだった。俯いたままのナミにゾロは声を落とす。
「それが耐えられないと思うなら、降りるしかない。この道から」
ゾロはナミの顔を覆っていた両手を掴み、ゆっくりと広げる。ナミが顔を上げる。泣き出す寸前の子供のような表情がそこにはあった。
「どうする? 降りるか?」
責める気配など一つもない静かな瞳。静かな問いかけ。
ナミは思う。自分は海のものだ。この道の他に生き方はない。ゾロが剣のものであるのと同じように。
一拍を置いて、強張っていたナミの顔がふとほころんだ。
「分かってるくせに、聞かないでよ」
ナミを見つめる瞳が柔らかな色を帯び、ゾロは微かに笑った。この男がこんな風に笑えるのか、と驚くほどそれは優しい笑みだった。
「だろうな」
大きな瞳で見つめてくるナミの両手からゾロは手を離し、その身体を抱き寄せる。
「どうしたの?」
腕の中でナミは擽ったそうな声を上げる。
「今夜は随分甘やかすのね?」
「今夜位はいいだろうよ」
寄り道は今だけ。今夜だけ。
明日からきっと忙しくなる。
夜が明ければまた、二人それぞれの道を変わることなく真直ぐに進むのだから。
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