あいうえお44題


  ら : 落日遠く <ルフィ+ゾロ> Date:  



太陽がその縁を海へと浸し始め、海原は一面を朱に変えている。
黄昏時である。

沈みゆく太陽に船首を向けたまま、船はその身体を休めていた。
朱の光を照り返す船首に、夜着の姿のままの船長が腰をかけている。
海軍大将に氷漬けにされたその翌日から、隙あらばベッドを抜け出そうとする我侭な患者に、船医は暴れたりしないことと冬用の夜着の着用を条件にしぶしぶ床払いを許可したのだった。
頭からすっぽりと被るタイプの丈の長い夜着を身につけたルフィが船首にいる。窮屈そうに胡坐をかいて、背筋を伸ばし、沈み行く太陽を真直ぐに見つめている。
見慣れた、だが、永遠に失われたかも知れない後姿。

「どうしたよ?」
振り返りもせずにルフィは問う。その背後にはゾロの姿があった。ややあってからゾロは口を開いた。
「負けだな」
淡々としたゾロの言葉に、ああ、と応じる声はいつもより心持ち低い。
「けど、生きてる」
ルフィは右の手を見つめる。一番最初に凍らされたその手を強く握り締めた。
「でもって、次は負けねェ」
全く揺らぐことのないその言葉に、ゾロは静かな笑みを浮かべた。
「あんまり心配かけてんじゃねェぞ。キャプテン」
それを聞いたルフィは、メリーの頭を足で挟み、ぐいと身体を後ろに反らせる。ぱさりと乾いた音をたてて麦わらが甲板に落ちた。
逆さまの視線で、ルフィは下からゾロを見上げる。
そうして、まるで大人の気を引く事に成功した子供のような顔で、ししし、と笑った。
ゾロもまた苦笑を浮かべてルフィを見つめた。

煤けた白の夜着をも夕日は赤く染めている。

沈まぬ太陽などない。人は皆落日に向かって生きている。こんな生き方をしていれば尚。
だが、もう少し先のことだといい。
この身と目の前の身体が、血の色に染まり、朽ちて消え果てるのは。

ぼんやりとそんなことを思い、ゾロは麦わらを拾う。
「笑ってんじゃねェよ馬鹿」
自身も低く笑いながら、ゾロは笑うルフィの顔の上に麦わらを乗せた。

[前頁]  [目次]  [次頁]


- Press HTML -