あいうえお44題
れ : 連綿と続く思いを <サンナミ> |
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眠りにつくメリーを見送り、ガレーラの船でウォーターセブンへと辿り着いた頃には、既に日は傾きかけていた。
瓦礫の中に建てられた仮設本社に用意された一室に辿り着くなり、麦わらのクルーは皆、ベッドに倒れこむようにして泥のような眠りに落ちた。
眠りに落ちたときと同様に、目覚めもまた唐突に訪れた。
何かに呼ばれたようにパチリとナミは目を開いた。視線を動かせば、そこには見慣れない天井、見慣れない部屋。
瞬きを二度して、ナミはようやく自分が今、どこにいるのかを自覚した。
短く息を吐き、身を起こす。
身動きできないほどではないが、身体のあちこちに鈍い痛みは残っていた。
「イタタタタ!」
小さく呟くと、ナミは布団の中で立てた膝に額を乗せた。
身体の痛みは、これが夢ではなく、真実エニエスロビーから生きて戻ったことを物語っている。そして、そのことはもう一つの出来事が夢ではないことをも物語る。
「・・・・メリー」
額を膝につけたまま、ナミは声に出さず、その名を呼んだ。
途端に目頭が熱くなり、ナミは慌てて顔を上げ、辺りを見回した。
どれほど時間が経ったのか分からないが、辺りはまだ暗かった。時計を探して室内を彷徨った視線は、たった一つの空のベッドの上で止まった。
「やっぱりね」
廊下を隔てた部屋の扉を開けると、ナミは腰に手をあて苦笑を浮かべた。
カーテン越しに月明かりが入るだけの薄暗いその部屋は、応接室らしく、大小のソファと低いテーブルが置かれている。
唯一、部屋に居なかったサンジの姿は、大きな方のソファの真ん中にあった。
俯いたまま、前髪がその目を隠している。表情は見えずとも、咥えた煙草の先に灯った火が、小刻みに震えており、サンジが今どんな顔をしているのかは容易に知れた。
ナミは静かに扉を閉める。サンジのもとへ足を運ぶナミの耳に、ず、と鼻水を啜り上げる音が聞こえた。
背の高いスタンドの灯りを灯せば、二人の居る一角は暖かな色に包まれた。
「きっと泣いてると思った・・・・・一人で」
サンジの前に立ったナミは、つい、と手を伸ばしてサンジの唇から煙草を取り上げ、テーブルの上の灰皿の上にそれを置いた。細く、白い煙が天井へと昇っていく。
「意地っ張りのくせに泣き虫なんだから。サンジ君」
ナミは、サンジの頬を両手でそっと挟む。濡れて貼りついた金の髪を指の先で優しく梳いてやった。
「・・・・ナミさんは?」
「私は、お別れの時にいっぱい泣いたから」
静かに笑って、ナミはまだ腫れぼったい瞼を閉じた。
「俺ァ・・・」
「ん?」
呟くサンジの声に開けた目は、次の瞬間大きく見開かれた。
ソファに腰を下ろしたまま、サンジは両手をナミの背に回し、力いっぱいに抱き寄せた。
「ダメだな。どうにも女々しくて」
泣き顔など格好悪くて誰にも見せたくないと思いながら、目の前の温かさに心底救われている自分がいる。
この世に永遠などというものはない。
今、手の中にあるこの温もりもいつか失われる時が来るのだと、普段は敢えて考えようとしないその事実に一度でも足を踏み入れてしまえば、例えようもない恐怖が足元からせり上がってくる。
「愛したものを失くすのって、本当に辛い」
サンジの髪を梳きながら、ポツリとナミが呟く。
「そんな思いをするくらいなら、最初から何も愛さなければいいとおもうけど、どうしてもそれができない」
そう言って、ナミは一つに重なった二人の影を見つめた。
「それに、痛みのない、けれど空っぽの人生よりも、私なら傷だらけでも大事なものの沢山詰まった人生を選ぶわ。だから、私は失くしたものを全部抱えてく。たまに思い出して笑ったり泣いたりしながら、ね」
自らに言い聞かせるようにして、ナミはサンジの背を優しく撫ぜた。
どれ位の間、そうしていたろう。ナミの胸の中で大きく息を吐いた後、サンジはゆっくりとその顔を上げた。
「随分甘やかしてくれるんだね、今日は」
サンジの言葉に、ナミは身を屈めて目線を合わせ、にっこりと微笑んだ。
「私だって甘やかして欲しいのよ。こんな夜は」
涙で濡れた目をぐいと袖で拭い、その手を胸にあて、サンジは恭しく頭を垂れる。
「泣き虫な男でもよければ喜んで」
「今夜は他にあてもないし、手を打ってあげる」
仕方ない、といった風にナミは笑うが、優しさに満ちたその言葉は、ますます自分を甘やかすだけだと思いながら、サンジはナミの唇をそっと奪った。
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