あいうえお44題


  ろ : 朧月を見上げ <少年サンジ> Date:  



音のない夜だった。
紫煙のような雲が夜空を薄く覆い、月を包む。
雲越しに儚げな光を放つその月を見上げる者の姿があった。

海上レストラン・バラティエの甲板に一人佇んでいるのは、年の頃は十五、六の少年だった。
料理人の着る白服に身を包む少年は、ふいと月から目を離し、正面を見つめた。
細い金の髪が僅かに揺れる。
少年は真直ぐに前を見据えたまま、胸元を探る。指先で煙草を引き出すと、年齢に似つかわしくない慣れた手つきで先端に火を灯した。

風もなく、波もない静寂の夜に紫煙がたなびく。
煙が沁みたのか、少年は煩わしげに目を眇めた。まるで何かを憂うかのような表情で、少年は眼前に広がる海を見つめ続けた。
薄雲に包まれたままの月の光は海に届かず、少年の前に広がる海には、ただ闇だけが溶けていた。

何かを満たそうとでもするかのように、少年は苦い煙を胸一杯に吸い込む。
息を止めたまま空を見上げた後、少年は朧月に向けて、一息で煙を吐き出す。

新たに生まれた煙に巻かれ、月はいっそうその輝きを鈍くした。

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