*については裏書庫に続きがあります。
表書庫
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恋力* |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
人差指をペロリと舐めて風の行き先を探る。
風は南西。惜しい、もう少し。
獲物は真南。船首の上。
もう少し。あと少し。
午後の強い日差しが蜜柑の木の影をくっきりと床に映している。
その木影の中、ナミは蜜柑畑の基(もと)となる段差に腰掛けている。
軽く組まれた脚の上には読みかけの本。
読む為の本ではなく、カモフラージュの為の本。
その証拠にナミの視線は本の上にはない。
視線の先には風にそよぐ麦藁帽。
本体は海の向こうを見つめたままで動かない。
ナミは視線を自分の腰に戻し、ポケットを探る。
引き抜いた手の中には丸みを帯びた香水のボトル。
先に寄った島で気に入って買ったものだ。
何だか、という彫刻家のデザインだそうで携帯のきくデザイン。
それからオレンジとレモンの甘い香り。
ダメを押したのは店員の一言だった。
『お姉さんみたいな美人がこれつけたら、男は釣り放題!入れ食い間違いなし !! 』
や、釣れるのは一匹でいいんだけどね。
自然と弛む顔を引き締めるのに少し苦労したり。
と、風が変わる。
髪の毛が引き寄せられるように真直ぐルフィへと向かう。
チャンス、チャンス、と焦る気持ちは手先の動きをもたつかせる。
項と足首。
もう一ひねりで肘の内に香りをつける。
仕掛は上々。
香りの行方は風任せ。
この釣り糸がちゃんと獲物のもとまで届きますように。
釣り人気分で待ちましょう。
さて、釣果は如何に。
一旦竿を振ってしまえば後は忍耐が釣りの極意、とばかりにナミは動かない。
ようやく開いた本の字面を目は追っているが頭がついていっているかは甚だ疑問である。
ちょくちょく顔をあげては何の変化も見せない獲物に向けて小さな溜息を溢したりしている。
風だけが音もなく静かに流れて数刻。
暫く本から目を離さないでいたナミが突然ピクリと反応する。
目に映るのは、左右に動く麦藁帽。
何かを探すようにきょときょととあちこちを見回している船長を見てナミはにっこり微笑む。
引っかかれ!
ぎゅっと目を瞑り、念を送ってみる。
それから目を開けてみるとルフィはいない。
ダメかなと肩を落としかけた時、目の前の手すりを握る二つの手が見えた。
笑いが止まらない。
ルフィの一本釣り、成功。
風に逆行して飛んできたルフィはふんふんと鼻を鳴らしながらナミに近づいていく。
座ったまま自分を見上げるナミの傍らでルフィは困ったような顔を見せる。
「んーー? 何かイイ匂いがしてきたからここだと思ったんだけど」
蜜柑畑に鼻先を向けてからルフィは首を傾げる。
それからナミを見てもう一度鼻を鳴らす。
直後、その顔がパァと明るくなる。
麦藁を押さえてがばりとかがみ込むとナミの首筋に顔を近づける。
「・・・これか!!」
その瞬間に覗かせたしてやったりのナミの表情には気づいたかどうか。
「本、読んでたのか?」
後ろに身を引きながらルフィは尋ねる。
「そう見えた?」
微笑みながらナミは本を傍らによけ、組んでいた脚を元通りにする。
そんな仕種を見ていたルフィはナミに帽子を被せ、別に了解をとる訳でもなく黙ったままごろりと横たわり、ナミの腿に頭を預ける。
「・・・・・違うのか?」
ナミを見上げ、小首を傾げるルフィ。
「ちーがーうー」
歌うようにナミは応え、くふふと小さく肩を揺らした。
それから真顔になると、
「釣りよ、釣り」
あんぐり開いた口を見下ろしながらナミは続ける。
「アンタのこと、見てた。こっちに来ないかなぁって」
開いた口が笑いの形に変わる。
胸の上で腕を組むとルフィは軽く目を閉じる。
「そっかー、俺釣られたのかー」
妙に納得したような口調でうんうんと頷いた後、
目を開け、ニヤリと笑う。
何かロクでもないことを思いついたような。
不審に思う間も与えず、ルフィは組んでいた腕を解くとナミの頭の上、麦藁を引き寄せる。
「だったら・・・・」
唇が触れ合うギリギリの距離でルフィは囁く。
「餌くらいは全部食わせてくれんだろ?」
「なっ!・・・」
何か言いかえそうとした目の前の唇をルフィは塞ぐ。
・・・・・もしかして釣られたのは私なのかしら―
そんな疑問はこの際置いておいて。
柔らかな風が木葉と麦藁を静かに揺らす。
二つに重なる影を木陰はそっと包んで隠した。
終
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