*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  始まりは暁、終るは宵 Date: 2003-09-26 (Fri) 


朝日が僅かに顔を覗かせる早暁の海。
朱に近い橙の光が一筋の矢のように波間を射照らしている。

眠りから覚めたのは、その矢に瞼を射ぬかれたから、という訳ではない。
眩しい位で起きてしまうようでは、燦燦たる昼の光の元で寝入ることは不可能だろう。


そんなこと、ひとっっつも自慢になりゃしないわ。
口に出したらそう反撃されるのは目に見えている。
そして、俺を眠りの世界から引上げたのはその仮想の反撃手だった。
となりで規則正しい寝息をたてているのは"仮想の"ではなく、生身のそいつなのだが。
昨夜は、見張り番をしているところにこいつがやって来た。
酒を飲んで...眠りについた時には、確か俺の腕に背を預けるような姿勢だった筈。
それが...腕に絡みつくような柔かな感触に俺は目を覚ました。
寝返りでもうったのか今は俺の隣に、俺の腕に体を擦りつけるようにして眠っている。
その様は寒さにやむを得ず人間に身を寄せる猫を思い出させた。
が、猫にしてはその姿は艶かしすぎるってもんだろう。
毛皮どころか、衣一つ身に付けていないその体を包んでいるのは薄いシーツ一枚。
寝相を変えた所為でか、ずり落ちたそれは保温の役目も身を隠す役目も放棄している。

翌日にまで酔いを持ち越すことなど滅多にないのだが、今は少し頭が重い。
随分したたかに飲んだのだ。
サシで飲むときは、こいつが俺のストッパーになる筈なのに昨夜は違った。
俺を止めることもせず、そして自分も飲み続けた。
無茶な飲み方だとは分かっていた。
無理に飲み下しながら無理にはしゃぐ。
陽気な瞳の中に暗い光を、明るい笑みの奥に自虐的な匂いを感じたことは黙っていた。
何があったかなんて、聞く気はさらさらなかった。
ただ、今夜はこいつの望み通りにしてやろう、そう思った。


だから、抱いた。
酔いがすぎて上手く動かない体をもどかしく思いながらも、あいつが望んだ通りに滅茶
苦茶にした。
その名残を残すナミの体。
柔かな肉を包む薄い皮膚の上には数多の赤が。
細い手首には軽い擦過傷が。
心なしかやつれて見える頬には幾筋かの涙の跡が。


俺はなるべく体を動かさないように落ちたシーツの端をつまむと、自分の前でもう一端と結び付ける。
ナミの体が隠れてしまうのは残念な気もしないではなかったが、二人で包まる布の温かさにその心地よさに満足して俺はもう一度目を閉じた。



夕日が僅かに尾を覗かせる夕凪の海。
空と海の境界が一際鮮やかに染められている。
鍛錬を終えて、俺は後部甲板で1日の終わりを見ていた。
柵についた両腕を伝って汗が滑り落ちていく。
起きた後に水気を取りすぎた所為かいつまでも止まらない汗に辟易とする。

起きた後。
正直どんな態度をとっていいのか俺は分からなかった。
分からないまま、ナミが服を身に着け歩き出すのを見送った。
去り際に照れたように微笑むその目に戻った穏かさに安堵しつつ。
・・・・・そう言えば、俺は起き抜けに今までどんな風に女に接してたんだ?
軽く過去を振り返ってみて、はた、と気づく。
何だかやけに可笑しくて俺は思わず身を屈めて笑ってしまった。
―そうだ、そりゃどうしていいか分かんねぇよな―
朝まで女といたことなんてなかったな、今まで。
一時身を寄せ合っても、熱が冷めれば俺は独りを好んだ。
ナミを知ってしばらく経つが、朝まで共に過ごしたのはこれが初めてだ。

一通り笑いが収まり、顔をあげるとそこには今まさに海に飲み込まれようとしている
夕日。


1日の始まりと終わりの色。
その橙の鮮やかさはいつもナミを連想させる。


―俺の初めての女・・・か―
あいつの髪と同じ色の空気に包まれていたからかも知れない。
こんなにも、感傷的な気分になっていたのは。
―俺に始まりをもたらしたのがナミ、おまえだとしたら....―
とりとめもなく思考の流れるままに今日の幕引きを見つめていると、聞こえてきたのは
カツカツという軽やかな靴音。

「ゾロ、ごはんだって、皆もう集まってるわよー」
振り向かない俺を訝しく思ったのか、ナミはひょいと身を屈めると俺の両腕の間にすべり込んできた。
「何ぼさっとしてんの? 返事しないからとうとう立ったまま眠れるようになったのかと思ったわ」
からかいを含んだ笑みを見せるナミ。
「・・・・で、何、何? 私のことでも考えてたの?」
図星をさされて、思わず苦笑する俺をみてナミは言葉を続ける。
「それで?どんなこと考えてたの?」
余裕たっぶりのその顔が少ししゃくに障る。
だから俺は結論だけを言葉にした。
「お前だったら言うことなしだなってことだな」
当然の如く、ナミは何が?と俺を見上げて聞いてきた。

その質問には答えなかった。
代わりに、俺はナミの頤に人差し指をかけて上向かせたままにする。
瞬きを三度ほど見送った後、唇を合わせる。
もう一度瞬きを-さっきのよりは随分と早いものだったが-三度数えて俺は唇を離した。
突然の口付けに、凍りついたナミに背を向けた。
2、3歩進んだ頃に背後で慌ただしく動く気配を感じる。


焦って辺りを気にしているのだろう。
振りかえらずともその様子がありありと脳裏に浮かぶ。
俺は肩を揺らさぬように必死に笑いを堪えてみたが、あいつはそういうところには異様
に敏い。
「何笑ってんのよっ !!」
「別に」
「大体、答えになってないわよ、あれじゃ。訳わかんないのよ、あんたの言うことは」
「そうだな...じゃあ、その時が来たら教えてやるよ」
俺は振り向いて笑って見せた。お返しのつもりで、できる限り余裕たっぷりに。



1日の幕を引こうと沈む夕日。
その前に立つナミの表情は逆光となってよく見えない。
眩しさに目を細める俺のところへナミは駆け寄ってくる。
そして、耳元に手を伸ばすと、あろうことかピアスを引っ張りやがる。
「いててててっ、何すんだっ、てめっ」
思わず身を屈めた瞬間。
やわらかな感触で唇を塞がれる。
「ありがとね」
今度は俺が尋ねる番だ。何が?と。
ナミは俺の両頬を手で挟むと、くるりと瞳をめぐらす。
「情報交換よ。あんたが教えてくれるなら私も教えたげる」

―秘密なのはお互い様か―


日は完全に沈み、今ははっきりとナミの笑顔が見える。
俺の始まりの女...こいつを見つめ続けていこう。そして、終わりを告げる時に最期にこの目に映るのがナミ、おまえなら俺は言うことなし
だろう。
そう思ったことは、もうしばらく秘したままに。
だから、その時が来るまで俺はおまえを見つめ続ける。
この目を永遠に閉じることになっても、それでも忘れないように。
まだ明るさを残す宵闇の中、俺は改めてそう思った。




Thanx for 3000request

[前頁]  [目次]  [次頁]


- Press HTML -