*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  ある日の前日 Date: 2003-09-26 (Fri) 


天候は晴れ。ぬけるような青空。甲板で寝こける剣豪。
 いつもと同じ日常。
 つかつかと爽快な足取りで近づいてくる航海士。
 剣豪の傍で立ち止まり、溜息を一つ溢すと遠慮の欠片もなく思い切り腹を踏んずける。
 いつもと同じ日常。
 「ぐはっっっ!!・・・・・・・・・・・・」 
 反射的にうつ伏せになって踏まれた腹を抱える剣豪。
 血反吐でも吐き出しそうな勢いで、盛大に悶え苦しんでいる。
 怪しげな呼吸を何度か繰りかえした後で、床に手をつきよろよろと起き上がる。

 「それでね、ゾロ・・・・」
 「てめぇっ!!、何事もなかったように話し始めるんじゃねえっっ!!」
 そこが山なら立派な木霊がかえってきそうな大声。
 残念ながら海上なのでその熱い叫びは悲しくも一方通行だ。
 肩で息をするゾロをつくづくと見つめた後、やれやれとばかりに大仰に溜息をつくナミに、何となくゾロは気勢を削がれ、
 「呼んだって起きゃしないんだから同じでしょ?」
 可愛く微笑まれ、優しく頬を撫でられるに至ってすっかり大人しくなり、
 「・・・・で何だよ」
 釈然としない様子ではあるが用件を聞いてくる。
 「ちょっと運んで欲しいものがあるのよ」
 「何だよ」
 「これ」
 と言って取り出したのは小さな瓶。
 ・・・・の中に何やら水と一緒に何かが入っている。
 ・・・・小さくて、丸くて、緑で。
 「・・・・・・何だ、これ?」
 「何って、毬藻よ」
 「いや、それゃ分かるがよ・・・・」 
 「ルフィがどっからか拾ってきてさ、チョッパーが観察してる内に増えちゃったんだって。
で、捨てんのも勿体無いじゃない。だから小分けにして売ろうかなーって」
 「・・・・この守銭奴が・・・」
 ボソリと呟くゾロを拳骨一つで黙らせるとナミは話を続ける。
 「だからこのコ達が入ってる水槽動かして欲しいのよね。
  明日は久々に上陸できそうだし、売れたらそれで―」
 そこでゾロはあることに気づき、ナミの話を遮る。
 「何で俺なんだよ、エロコックにでも頼みゃいいじゃねぇか」
 お前が頼めばイチコロじゃねぇかあいつは―とぶつぶつ言っている。
 「ダメよ、サンジ君は・・・・」
 眉を顰めるゾロ。
 その顔(というか頭)を見て、笑いを堪えながらナミは続ける。
 「サンジ君ね、コレ見ると何でかムカムカするんだって、
  海に蹴り飛ばそうとするの止めるのにウソップとチョッパーが苦労してんだから―」
 あの野郎、と低く唸るゾロにナミは追い打ちをかける。
 「それにね、どうせだったら"身内"に世話してもらった方が、こいつらも喜ぶだろうって」
 ゾロにはナミの言っている意味が分からない。
 ナミはいよいよ可笑しくなって、ふきだしつつ説明する。
 「じゃあ、サンジ君が言った通りに言うね。
  "あいつは、あ、これあんたのことね。実は毬藻一族の長男なんですよ。
   あいついっつも昼間寝てるじゃないですか、あれはなんでかっつうと
   光合成してるんですよ"―だってーっ!!」
 もう限界、とばかりに笑い出したナミの目の前から忽然とゾロの姿が消え、
 代わりに怒髪天のゾロの叫びが聞こえてくる。
 「どこにいやがるっ!! エロコックーーっ!!」


 「あーぁ、行っちゃったぁ・・・」 
 ナミは溜息混じりに、自分用にと取っておいた先程の小瓶を陽に翳す。 
 「明日はあんたのお兄ちゃんの誕生日なのにねぇ」
 くすくすと笑いながら瓶の中のチビ毬藻に話しかける。
 「覚えてる訳ないか」
 微笑むナミに応えるように、チビ毬藻は眩しく光る水の中で転がった。
 とても楽しげに。


 いつもと変わらない、とある日の前日の話。



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