*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  遅れてきた者 Date: 2003-09-26 (Fri) 


高い丘の上はよく風がとおる。

乾いた故国の風。
つい先日までのそれと何ら変わることはないが、いつもよりも清々しく感じられるのは自分の心持の変化の所為かも知れない。
遠くより微かに民衆の声が聞こえてくる。
平和な時代の幕開けを歓迎する声、王女の帰還を喜ぶ声。
希望に満ちた音が風にのってこちらまで届く。
静寂に満ちた戦没者の墓地までも。


遥か昔より軍人の永の寝床である王立墓地。
先の戦でその墓標の数は急激に増加した。
その先頭にひときわ大きな墓がある。
その前でチャカは足を止めた。

風がとおりぬけていく。
黒の髪を、黒の衣をはためかせて。

風は思い出させる。
眼前の墓標に記された男の名を。
華麗に宙を舞うその姿を。
何よりも強く、大きな翼を。

最後の最後まで国を、民を守りぬいたその心の強さを。


―聞こえるか? ペル―
チャカは目を伏せたままで目の前の男に語りかける。
―お前が守った人々の声だ。
これから皆で国を蘇らせるのだと口々に言っている。
アラバスタはきっと変わる―
そうしてゆっくりと目を開けると、チャカは少し困ったように微笑んだ。

『ペル・・・
私はお前の死を受け入れる事ができん・・・』
その瞬間を目の当たりにしていない所為なのだろうか。
それともこの墓の下が空である所為なのだろうか。
『涙もでんのだ・・・
何故かな・・・・ペルよ』
黒い衣の裾を翻しながら、チャカは酒瓶の口を切った。

何も言わずに瓶を傾ける。
緩やかに流れ出す琥珀色の液体は、真新しい墓標を濡らし地へと吸い込まれていった。


その直後。
突然の突風と共にチャカの背後に人影が現れる。

「お前はこんなめでたい時に、一人墓場で酒を飲む趣味でもあるのか?」
現れた影は揶揄するような口調でチャカに話しかけ、奇特なヤツめ、と結んだ。
チャカは振り向かない。
振り向かないままで静かな、穏かな笑みを浮かべると口を開いた。
「お前が来るのが遅いからだ。全く・・・・
ルフィ君達はもう行ってしまったぞ、お前がいない内に盛大な宴会をしてな」
文句ともとれるチャカの話を聞いて影は楽しげに笑う。
「では、とりあえずここで再会を祝うか。
折角お前が私に酒を持ってきてくれたんだしな」

そこでようやくチャカは振りかえる。
爽やかな風が頬をなで、行きすぎていく。
目が痛むのはその風の所為だ。
チャカは墓標に背を向けて、生者のもとへと一つ歩を進めた。



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