■ 4.果実の話―あるいは、Orange Salute― | Date: 2003-09-26 (Fri) |
日付も変わろうとするおおよそ30分前。
キッチンにいるメンバーは4名。各々が何をしているかというと。
サンジは食器の入れ替えを、と言いつつ大皿を数枚テーブルに並べている。
ウソップは、今度は砲弾のチェックをしているそうで、足元には数発の砲弾と火薬を
広げている。
ナミは晩酌をしつつ、本を開いたり閉じたり。
今回もルフィの魔の手から辛くも逃れたチョッパーが話し相手となっている。
キッチンにいない2人は。
ルフィは夕食後から男部屋で簀巻きになっている。
「あいつは間違いなく余計なことを言う」というウソップから進言と
「あいつは間違いなくつまみ食いをする」というサンジから警告の結果である。
何とかルフィを縛り上げることに成功したゾロは、そのまま甲板後部で筋トレをしていた。
しかし、11時を過ぎた頃から頻繁にキッチンに時間を確認しに来るので、サンジには煩がられている。
4度目の登場で、たまりかねたサンジが口を開く。
「おい、ヒマ剣士っ、うろうろしてんならルフィ呼んでこいよ」
常ならば、ここで一悶着あるはずなのだが、今夜はゾロは大人しく引き下がった。
忌々しげに舌打ちをしつつも、キッチンを後にする。
続いてウソップが立ち上がり、ナミの傍まで行くとおもむろにポケットから紙を1枚取り出す。
怪訝そうにその紙を見つめるナミに話しかける。
「ナミ、昼間渡した鍵、今持ってるか?」
ナミがポケットから3つの鍵を取り出すのを見て、言葉を続ける。
「俺たちとゲームしようぜ。今から12時までに全部の鍵を使えたら、そん中のモンは
全部お前のものだ、結構いいもの入ってる筈だぜ、どうだ?」
「宝捜しって訳?」
ナミはウソップの手から紙を抜き取る。
紙面にはこの船の概図。倉庫に印がついている。
「めんどくさーい....」
ナミのその一言に、場の空気が凍りつく。
ウソップが、サンジが、チョッパーが、たらたらと汗を流しながら固まっている。
悪戯な輝きを宿した瞳で、その様子を見まわしたナミは微笑みつつ言葉を続ける。
「・・・と思ったけど、この鍵のコトも気になるし、ノったげる。その話」
あからさまに安堵の表情を浮かべるウソップ。
「じ、じゃあ、チョッパー。お前、お供だ。頼んだぜ」
ウソップの言葉にチョッパーは嬉しそうに、うんうんと頷く。
ひょい、と椅子から飛び降りてランプを手に取ると、ナミの上着の裾をくいくい引っ張っている。
「ナミっ、早く、早くっ...」
チョッパーに急かされるナミは楽しげに笑いながらキッチンを後にする。
「ナミって、チョッパーには甘いよな...」
ウソップが呟く。確かに他のクルーなら急かそうものならどつかれかねない。
「羨ましいヤツだぜ...」
肩をすくめつつ、口の端の煙草を噛み締めるサンジ。
「・・・って、俺達ものんびりしてる暇ァねえぞっ」
途端に2人は慌ただしく動き出す。
サンジは冷蔵庫からボールだの鍋だのを引っぱり出し、調理場へ。
鍋を火にかけ、ボールの中身を指ですくい、頷くと皿へ。そしてまた冷蔵庫の方へ。
流れるような動きで、冷蔵庫と調理場を行き来している。
ウソップは足元の砲弾を重そうに抱えると、キッチンを出ようと扉へと向かい、ノブに手をかけようとしたところ。
ばったんっ
簀巻きのままのルフィを担いでゾロが帰ったきたのだ。
自動ドアよろしく開く扉。それは、ウソップの方へだったが。
ごっきんっ
恐ろしげな音。他のクルーなら鼻先を掠める程度だったろうが、何しろ「鼻のやつ」である。
「いっでーーーーーっ !!!」
思わず鼻を抑えるウソップ。それも両手で。
当然、支えを失った砲弾は自由落下を始め...
「いーーーーーーーっ !!!」
目を剥くウソップ、サンジ、ゾロ。
一瞬早く立ち直ったゾロがルフィを床へと滑らせる。
ぼよ〜んっ
間一髪でルフィの腹に収まった砲弾は、2、3度軽いバウンドをして動きを止める。
冷や汗を拭う3人の男。
ルフィは腹の上の砲弾を面白がって転がそうとし、慌てたウソップに砲弾を取りかえされた上に
ゾロに蹴られて、グネグネと動きながら不平をこぼしている。
「・・・げっっ、こんなトコで遊んでる場合じゃねぇんだって」
鼻の痛みも忘れてウソップはキッチンを飛び出す。
サンジも作業を再開し、ゾロはルフィの戒めをようやく解いてやる。
間一髪で爆発を免れたゴーイングメリー号の倉庫では。
非常にのどかで穏かな空気の中で、宝捜しが続いていた。
がさがさと保存食の袋をかきわけるナミを、チョッパーがニコニコしながら見守っている。
作戦は順調に進んでいる。
ナミが宝捜しをしている間をぬってパーティの準備をこっそりする手筈なのだ。
―あとは、あいつ等が静かに支度してくれればOKだ―
うきうきとするチョッパー。
「・・・で、あいつら何企んでるのかしら?」
突然核心をつかれて動揺するチョッパーは、きょときょとと辺りを見まわす。
くすくす笑うナミ。
「私とあんたしかいないでしょ、ここには」
追い詰められていよいよ困った顔をチョッパーが見せた時。
扉の外が急に騒がしくなる。
どかどかと階段を降りる音とルフィの声。
「うめーーーっ !!」
そんなルフィを蹴り飛ばす音とサンジの声。
「食うんじゃねぇっっ !! このクソゴムっ !! 」
そして、引き攣ったようなウソップの声。
「ば、馬鹿野郎っ、ルフィにゃ砲弾持たせてんだぞっ」
最後にずどん、という重い落下音。再びサンジの怒鳴り声。
「ゾロッ、てめぇは階段も使えねぇのかっ !! 俺の丹精込めた華麗な盛り付けが崩れるだろうがっ」
そしてがちゃがちゃと皿がぶつかる音とゾロの反撃。
「うるせぇよ、どうやって降りようと俺の勝手だろうが、大体食っちまえば一緒だぜ」
そして扉の内側では。
外でのやりとりを聞いて、唯一の常識人であるチョッパーが頭を抱えていた。
―秘密にしてるのバカバカしくなってきたぞ、俺―
悲壮感たっぷりのチョッパーを不憫に思ってかナミはそれ以上追求しようとはせず、緑の小箱を片手に
戻ってくる。
「コレでしょ?」
ゾロから貰った鍵をさしこんで回してみる。
カチリという小さな音と共に蓋があき、その中には。
四ツ折りの1枚の紙。
開くとそこには、船の概図。後部甲板に印がつけてある。
「次はココ。鍵はあと2つ健闘を祈る、キャプテン・ウソップ」の文字。
「えーと、あと何分あるのかしら? 7分か、間に合うかな?」
ナミは独り言のように呟くと、行こっ、とチョッパーを促す。
我に返ったチョッパーは、そーーっと扉を開けて外を確認する。
誰もいない。何とかキッチンから甲板への移動は終わったようだ。
次は船尾にナミを留めておく間に砲台のセッティングをする手筈になっている。
ナミの手を引いて2つ目の印の場所へ急ぐチョッパー。
早くここから離れないと、あいつらがまたどんな騒ぎを起こすか分からない。
常識人には苦労が絶えないのだ。
2人が後部甲板についたのを見計らったように、ごろごろと重たいものを引きずる音がし始める。
しかし、聞こえてくるのはそれだけではない。
ウソップとゾロの話し声、というよりは怒鳴り声が甲板から風にのって響いてくる。
「ルフィ、こっちだって...ゾロっ、そこじゃねぇ、もっと手前だっつーの」
「ったく、砲台っつーのは重てぇんだよ。てめぇは口だけじゃねぇかっ」
「力仕事はお前らの領分だろう、俺は打ち上げ担当だからな」
その会話を聞いたチョッパーは、もはや力なく床に倒れ伏している。
―あいつら、みんな馬鹿だー―
ぐったりしているチョッパーの胴に手を回して、苦笑しながらもナミは優しく起こしてやる。
上手く誤魔化そうと開きかけたチョッパーの口をナミは人差し指で封じる。
「お楽しみはこれから・・・・なんでしょ?」
何とか立ち直ったチョッパーの足元には、赤の小箱。
ルフィの鍵で開いた中には、またも紙が1枚入っている。
「最後の鍵はココで使え。急ぐべし。キャプテン・ウソップ」
その印はみかん畑を指している。
「これで最後ねっ、きゃあっ、あと3分っ、急ごチョッパー」
今度はナミがチョッパーの手を引いてみかん畑へと向かう。
優しい海風にみかんの葉が楽しげに囁きを始め、柔かな月の光がみかんを包み込んでいる。
ナミとしては穏かなこの光景を楽しみたいところではあるが、なにぶん今は時間がない。
その上に甲板は何やら騒がしくて仕方がないのだ。
甲板に目をやろうとすると、チョッパーがぴょんぴょんと跳んでナミの視線をブロックしようと頑張る。
その仕種が可愛くて、ナミは探し物をしながらも、ついつい思い出し笑いをしてしまう。
ナミは夕方に束ねた枝の脇で青い箱を発見する。
残すはサンジの鍵だけ。
蓋が開いて、ナミが中に入っていたものを取り出す。
「・・・・え?..何でまた...?」
ナミが小首を傾げたその時、チョッパーがランプの火を吹き消す。
突然の暗闇に目が慣れないナミの耳にチョッパーの呼び声。
「みんなーっ、見つけたよぉ !!」
その声にウソップが応える。
「よっしゃあ、いいタイミングだ。準備できたら合図しろよぉ」
「わかったぁ」
チョッパーはおもむろにランブルボールを取り出して、がちりと噛み砕く。
『飛力強化』の形態をとると、呆然とことの推移を見守っているナミを抱える。
「跳ぶよーっ」
「あぁ、着地地点間違えんじゃねぇぞっ」
「せーのっ」
その瞬間船の灯かりが全て消え、ナミの体は浮遊感に包まれる。
とんっ
ほのかな月明かりに包まれている甲板には数名の人影。
その1人がナミに近づいてくる。
「宝捜し、お疲れ様でした。ナミさん」
サンジはナミの前に小さなランプを灯す。
「・・・貰った鍵3つで又鍵が出てきたんだけど...」
「ナミさん、最後の鍵出してくれますか?」
サンジの掌で輝く鍵。
サンジは胸のポケットを探り、何かを取り出す。
ランプの灯りにきらめくそれは細いチェーン。
ナミの掌から鍵をつまむと、サンジは器用に鍵の上部の隙間にチェーンを通す。
完成したのは、小さな鍵のトップがついたペンダント。
「さて、すぐに首にかけて差し上げたいトコなんですが...」
サンジは一旦ペンダントをナミに手渡すと船壁のほど近くにいるウソップに声をかける。
「ウソップ、準備出来てっか?」
「あぁ、装填準備完了だぜ」
「じゃあ、ナミさん、下見て」
ランプを下に向け、サンジの指差す先には掌にすっぽり収まりそうな小さな小さな箱。
さっきまでの木箱と違い、今度は鉄製のようだ。
「鍵さして回して見て下さいよ」
ナミはしゃがむと鍵をさし、回してみる。
今までよりも手応えを感じつつ鍵を回すと、カチンという乾いた音。
そして、箱の上部に小さな炎があがる。
―ライター?―
とナミがまじまじと箱を見ようとすると。
「おぉ、いったいったっ !! ウソップー、戻って来ーいっ」
嬉しそうなルフィの声。
床に細い火の線が走る。導火線だ。
その先からウソップが駆けてくる。
「そらよっ」
ゾロが一言の元にしゃがみ込んでいたナミを立たせる。
そしてナミの手に、ジョッキを持たせてやる。
直後。
夜空に浮かぶ薄い月が震える程の大音響。
見上げたナミの目に映ったのは。
2つの大きな大きなオレンジ色の花火。
小さな光の点が次の瞬間には大きく広がっていく。
それは、夜空に大きく実ったみかんのようで。
その瞬間甲板にランプが灯される。
そこには沢山の料理とお酒(樽で置いてある)それにいつものクルーの笑顔。
これで全て合点がいった、というような表情のナミを前に、ルフィが音頭をとる。
「よっしゃっ !! ナミ、いただきまーすっ」
早速料理に手を伸ばそうとするルフィ。
「違うだろがっ !!」
サンジが蹴飛ばした樽がルフィを直撃する。
呆れ顔のチョッパーが、せーの、と皆をまとめる。
「誕生日、おめでとーーーーっ !!」
欠片となったみかんの光粒が降り注ぐ中で。
ナミの笑顔と6つのジョッキが合わさる澄んだ音が、パーティーの始まりを宣言した。
「あれ?ウソップは?」
飲み食い踊るクルーが1人欠けていることに気づき、ナミは辺りを見まわす。
と、ウソップは砲台の方にいた。
「よっしゃ、打ち上げ第2弾だぜ。残り5発一気にいくからなっ」
と砲弾をつめる。
再び夜空に響く破裂音。
耳を、体を震わせる音と、手元まで落ちてきそうな光の輪。
「キレーーっ」
うっとりと夜空を眺めるナミ。
「貴女の方がずっとお綺麗です、ナミさん」
というサンジのお約束の台詞も届いていないようだ。
がっくりと項垂れるサンジに、ゾロはざま見ろといった視線を送りつつ杯を重ねている。
4発の花火を打ち上げ終わったところで首を傾げながらウソップが戻ってくる。
「っかしーなー、後1発点火したのにあがんねぇ」
さっき落としかけちまったヤツかな、と残念そうにしている。
「お疲れ様」
笑顔でジョッキを手渡すナミにウソップは尋ねる。
「どうだ、俺達からのプレゼントは。結構いいもんだったろ?
何しろこの俺様の彫金技術の粋をこらしたエレガントな作り、その上ライターにもなる優れモノ更にその上、大抵の錠なら開いてしまうという・・・・・・・・」
上着の背を引っ張られてナミは振り向くと。
いつまでも説明を続けるウソップに遠慮しつつ、おずおず引っ張るチョッパーがいた。
クルーの視線がチョッパーに集まる。
「ナミ、ナミ、ちょっとしゃがんで...」
ん?という顔をしたナミが、チョッパーの前にしゃがみ込む。
もじもじと少し照れながらチョッパーは後ろ手に隠していたものを差し出す。
その手には1輪のスズラン。
「この花、誕生日に贈ると相手に幸せがやってくるんだって、だから...」
そこまで言って、頭から湯気を出しそうな程照れているチョッパーは、はいっとナミに手渡す。
ナミの手元で海風に吹かれて揺れる、清楚な白い鈴。
「うわぁ、きれいで可愛い...」
それに引き換え、とナミは振り返る。
何となく所在なげな4人のクルーに、ナミは魔女的な笑みを投げる。
「全く...うちの男共の中じゃぁチョッパーが1番女心が分かってるわね」
そう言ってナミはチョッパーの顔をふわりと両手で包む。
「ありがとね、チョッパー」
―そして、皆も。もう十分幸せだわ、私―
先程見せた笑みとは全く異なる...
スズランの白より清らかで、スズランの香りより優しい。
そんなナミの笑顔に見惚れて身動きの取れないチョッパーに。
chuv
「んな゛ーーーーーっ !!」
トナカイより甲斐性が無いと言われた男共が形容し難い悲鳴をあげるのと。
ドターーーーっ !!
嬉しさとテレの限界を越えてしまったチョッパーが倒れるのと。
時を同じくして夜空に最後のみかんが大きく広がった。
Happy birthday to our Lady Navigator !!
終