*については裏書庫に続きがあります。
表書庫
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刀守 |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
茶を差し出しながら、男は静かに語りだした。
「彼は、元気そうだよ」
湯呑からゆるやかに湯気が立ち上る。
・・・・あいつはいつだってうるさいくらいに元気だったじゃない・・・・
僅かに、風が出てきた。
ふわり
緑茶の香気が微風にあおられ、辺りに広がる。
「巷で有名な"麦藁海賊団"に今は身を置いてるらしいね」
そう言って男は可笑しそうに眦をさげる。
「海賊狩なんてやってたかと思ったら....
暫く話を聞かないうちに、今度は海賊だなんてねぇ。
相変わらず、やることが突飛というか、極端というか....」
・・・・馬鹿、っていう言葉が一番ぴったりだと私は思うわ・・・・
湯気がその形を変えながらゆらゆらと踊る。
風と戯れるように。
「無茶をしてくれるな、何て思うほうがきっと無茶なんだろうね」
苦笑しながらも、嬉しそうに男は頷く。
「小さい時から引く事を知らない子だったから、彼は。
きっと今でも、一直線に壁にぶつかっていってるんだろうね」
・・・・その度に死にかけて...見てる方の身にもなって欲しいよ・・・・
瞬間。
強まった風に男は目を伏せる。
その勢いに一瞬、湯気が掻き消される。
「その度に壁を壊して...強く、大きくなったろうね、随分」
・・・・ホントに大きくなったわよ、会ったらきっと吃驚するわ。そして強くも・・・・
男は思う。
強さを求める気持ちというのは何処から来るものなのだろうか、と。
そんなものとは無縁に生きる者が殆どであるのに。
自を傷つけ他を滅し、その先には一体何が待つのか―
自分は立ち止まってしまった。
そして、立ち止まった者には、その先を伺い見ることはできないのだ。
だから、強さを求める剣を捨てた。
生まれた娘がかつての自分と同じことを宣するようになったのは―
―その傍らに道を同じくする少年が立ったのは運命の悪戯か。
だから自分は言ったのだ。
女では世界一強くなることなど叶わない、と。
傷を残す前に退いて欲しかった。
それでも剣を手放さなかった娘に自分とは違う可能性を見た、
そう感じた瞬間儚く消えた光。
「人間は...なんて脆いんだろうね...ゾロ...」
夢半ばで折れながら剣を捨てきれなかった。
それは自分への罰か。
だから、刀を封じようと決めた。
誰の手にも渡らぬように。
それでも―
溢れる涙を拭いもしない少年の眼差しに決心は揺らぎ。
「あいつの刀俺にくれよ」
少年の言葉に、考える間もなく諾した。
それは・・・・
娘への供養のつもりだったのか、見果てぬ夢を託したかったのか。
その理由は今でも分からない。
「俺あいつのぶんも強くなるから!!!」
ただ、この少年なら
「天国まで俺の名が届くように世界一強い大剣豪になるからさ!!!」
この少年ならば――
男は再び口を開く。
「あの真直ぐな目と真直ぐな言葉は忘れられないよ。
あの約束に向かって...彼ならきっと止まることはない...
お前の...お前が継ぐ筈だったあの刀を彼に託して良かった、と
今は、本当に思うよ...」
・・・・ありがとう、パパ。本当に感謝してます。
おかげで、一番傍で見届けることができるから。
あいつが世界一になるのを。私達三人の約束が叶えられる日を・・・・
よ、軽く掛け声をあげ、男は膝にあてた手に力を込める。
ゆっくりと立ち上がってから、ふと何かを思い出したような顔つきになる。
「そう言えば、今日は彼の誕生日だね...」
・・・・そうだね・・・・
さらさらさらさら......
頭上で風に揺れる木の葉達。
陽光を弾きながら、一斉にその身を震わせる。
鳴り止まない拍手のように、緑の祝福は暫くの間、続いた。
さらさらさらさらさらさら......
男は眩しげに目を細めながら、その様を眺めている。
「....お前も祝ってあげてるのかい?」
さらさらさら...さらさら...ささ..さ...
ゆっくりと収まっていく葉鳴り。
正面に視線を戻し、男は微笑む。
失われた身は帰ってくることなどないが。
例えその身が焼かれ、灰になろうとも。
それでも、その魂は今尚彼の傍近くに宿っているのではないか―
そんな想いはただの気休めかも知れないが。
「これからも...あの子を見守ってやっておくれ...」
さわり
その呟きに呼応するかのような一陣の風。
所々に白髪が見え隠れする男の束ねた後髪を優しく揺らして吹き抜けていく。
風は去った。
辺りが再び静寂に包まれると、男は満足げに頷きその場を離れた。
「真直ぐ、迷わずに.....ゾロ...」
そんな呟きを残して。
愛娘の永遠の寝所を背に。
・・・・・見てるから...ゾロ...キミの生く先を...
もう少し...一緒に・・・・
終
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