馬鹿な男
こんな真似をそんな目をしてするなんて
本当に馬鹿な男

Special Thanx illust 森アキラサマ
部屋に満ちていく薄墨の気配
それを斬り裂くような短い衣擦れの音
背中越しに聞こえたその音を
目を閉じたままでただ聞き流す
滑らかな布に手首を絡め取られる
僅かに感じる圧迫感
本気なのか、戯れなのか
無造作に引かれた布の対の端
意志とは無関係に引き上げられる腕
何も言わず、ただされるままに
まるで傀儡だと少し可笑しくさえある
「これでもう逃げられない」
背後の暗闇に溶けていく静かな声
そう言ってから笑ったのかも知れない
闇に浮かぶ煙の向こうで
闇を弾くレンズの奥で
結び目のその下を大きな手で掴まれる
縛られた手首よりもきつく
そのままの力で今度は引き倒される
何にも抗うことなく倒れ込む身体
やはり人形のようだ
柔らかな布と熱を帯びた掌
二つの枷で縛りつけられているこの身を
じっと見下ろし、嘲う
「逃がさねぇよ」
馬鹿な男
そんな誘うような目をしてみせても
そんな嗜虐的な目をしてみせても
全部無駄なのに
絶えず燻らす煙の向こうに
瞳を隠すレンズの奥に
揺れ動く危うい不安を隠しているくせに
失うことを
亡くすことを
欠けることを
恐れ、怯える子供のような
例えこの身を縛りつけても
例え身体を繋いでも
消えることのない不安や
褪せることのない焦燥を
隠しきれずに震えている瞳
馬鹿な男
だからこそ
その瞳の所為で
貴方から離れられないというのに
それに気づかない
本当に馬鹿な男