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表書庫


  闇夜航路 Date: 2003-09-26 (Fri) 


星空は好きだ。
海の上で見る星は特に。

はるか昔の航海者は星々を頼みに海を渡っていった。
八分儀に、バックスタッフ、クロノメータ。
古の航海士の必需品。
時と星を測り、船を走らせる。

星空はだから、古来より航海士には親しいものだったのだろう。
ご多分に漏れずこの私も。
白む空と共に輝きをなくしていく星を惜しんだりした。


そして今も。
開け放たれた窓を僅かな風が通り、薄いカーテンを揺らす。
その隙間から覗く空の闇は大分薄められている。
火照りを鎮めるかのように、風は顕わなままの全身を撫ぜる。
闇の中、何度となく奪った熱を。
そして与えた熱を。
今尚、躰の奥深くに燻り続ける熱を完全に取り去ることはできないでいたが。
持て余す熱のままに隣で眠る男の頬に手を伸ばしてみる。
それだけで痺れるように脈打ちだす指先。
深い眠りの中でも指の感触に気づいたのか、眉間に皺を寄せ顔を傾ける。
まるでむずかる子供のように。
さっきまでの男と同一人物とはとても思えない、つい笑ってしまう。

星達の溜息のように、風は渡る。

さて、私も一眠りしよう。
また何が起こるか分からない一日が始まる。
朝焼けに消える星達を見送りながら、私は目を閉じた。



目を閉じて見えるもの―
目を開けて見えるもの―



天に一つ星がある。

数多の星の中でただ一つ揺らぐことのない星。
だから人はその星を見つめて旅をする。


地に一人あなたがいる。

数多の人の中でただ一人私の目が追って止まない。
だから私はあなたと共に旅をする。


夜明けと共に星は消えてしまうけど、
代わりにあなたの目が開く。

そう思えば何を恐れるものがあるものか。



どんなに暗い夜の中へでも、
どんなに深い闇の中にでも、

私は漕ぎ出していける。



いつまでも、どこまでも。




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