*については裏書庫に続きがあります。
表書庫
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もういいかい? |
Date: 2003-09-26 (Fri) |
かくれんぼは誰より得意だった。
隠れれば最後まで見つかんなかったし、探せば見つけられないことはなかった。
なのに―――
「ナーミー、もうそろそろ出てきて畑手伝ったらどーお?」
嗜めるようなベルメールの言葉にナミは肩を竦める。
ナミは干し藁の積み重なった、その僅かな隙間から小柄な身を引きずり出した。
何で分かっちゃったんだろう。
ベルメールさんからは見えっこない筈なのに。
オレンジの髪にわさわさと藁屑をさしたままでナミはベルメールの元に駆け寄る。
「ベルメールさんにはすぐばれちゃう。ノジコにも見つかったことないのに」
ナミは拗ねた様子で口を尖らせる。
「何でかなー?」
首を傾げる娘を前にベルメールは、かかと笑う。
「アンタなんかどこにいたってすぐ見つけてやるわよ」
蜜柑の枝から手を下ろし、ナミの髪についた藁を取り除いてやる。
「目をつむってたって分かるわ」
「どこにいても?」
問うナミにベルメールは優しく頷く。
「どこに行っても」
そう言ってベルメールはナミの頬を撫ぜる。
「変なのー!」
ベルメールはただ微笑んでいる。
不思議には思ったが、確信に満ちたベルメールの表情を見上げナミはうん、と大きく頷き、その手に頬擦りする。
よく焼け、乾いた手のひらは暖かな陽の匂いがした。
見失う訳ないじゃない。
こんなに柔らかくて、こんなに温かくて、こんなに綺麗なものを。
たとえこの目が盲いても、
たとえこの耳が潰れても、
そして、たとえこの身が失せたとしても。
私がアンタを見失うことなんて絶対ないんだから。
だから、安心してどこでも好きなところに飛んでお行き―――――
果てのない海の上にいても、そこだけはあの時の陽の匂いがする。
ゴーイングメリー号の船の上、蜜柑の木に背中を預けてナミは転寝をしている。
豊かに生茂ったその葉は益々緑を鮮やかにし、ナミの眠りを見守る。
葉ずれの音が響くたび、その隙間を抜ける日の光がナミの髪にきらめく。
まるで優しくその髪を撫ぜるように。
ちらちらと瞼に揺れる光を感じながらまどろむナミ。
その耳に声が届く。
ナミーーー!
呼び声が聞こえる。
半ば眠りについている頭にその声はぼんやりとどこか遠くで響いているように感じる。
ナミーーー!
ナーミーーー!
あぁ、呼んでる。
起きなくちゃ、と重い瞼を持ち上げようとした瞬間。
もういいかい?
懐かしい声が降ってきたような気がした。
夢と現実の狭間に。
ナミは驚いたように目を開き、顔を空へと向ける。
目に映るのは、今年も変わることなく綺麗に色づいた蜜柑。
もういいかい?
優しい笑みを浮かべ、今はただ風に揺れている蜜柑にナミは応えた。
「もういいよー」
終
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