*については裏書庫に続きがあります。
表書庫


  ラブ & イート* Date: 2003/10/14 
秋の夜長には突発的に不毛な議論が巻き起こる。
例えば、鶏が先か卵が先か。
例えば、ジャンケンのルールはいつ誰が決めたのか。
等など実生活には何の役にも立たないこと請合いの議題ばかりである。

それで今夜の議題は、というと・・・・

「食・欲・で・す!」
力強く言いきるナミ。
「確かに『腹が減っては戦はできねぇ』って言うからなぁ」
首を捻るウソップに冷たい視線を投げるとゾロは重々しく口を開く。
「正直に言っとけ、性欲だって」
「男の全部がお前と一緒だと思うなよ」
ゾロに向かってウソップはイーと歯を剥き出した。


本日の議題は、食欲と性欲、どっちの欲求が勝るかである。

「サンジ君はどう思う?」
問われたサンジは腕組みをしてシンクに持たれながら真剣な顔をしてみせる。
「う〜ん、コックには究極の選択だなぁ・・・・・う〜」
しかし、その真剣な顔も長くはもたず、サンジはニヘラと笑うとナミとビビへ向けて両手を伸ばす。
「や〜、ナミさんやビビちゃんならいつでも性欲を優先しますよ〜」
「じゃあ、ビビは?」
あっさりとスルーされ、がっくり腕を落とすサンジを見て笑っていたビビ。
急に話を振られ、あわあわと挙動不審になる。
「え? あ? そ、そうね・・・・・」
どもるビビの元に皆の視線が一斉に集まる。
ここで性欲です! と言える程ビビは豪胆ではない。

「や、やっぱり、食欲・・・かしら・・・・・
だってほら、途中でお腹が鳴ったりしたら・・・恥ずかしい・・・です、し」
言ってて恥ずかしくなってきたらしい。小さくなるビビの声にドカドカとキッチンに近づいてくる足音が重なる。

「サンジー、腹減ったー、何かくれー!!」
扉を開けて入ってきたのは男部屋で寝ていたルフィ。
「腹へって目ぇ覚めちまったー!! お? 何だ皆ここにいたのか、おはよー」
「おはよーってあんた今、夜中よ」
呆れた口調のナミに構うことなくルフィは催促を続ける。
「夜中か、まぁいいや。腹減った」
「はいはい」
降参、と両手を上げて冷蔵庫の扉に手をかけたサンジにナミが待ったをかける。
「ちょっと待った。サンジ君」
スックと立ち上がると、ナミはルフィに向かってにっこりと微笑む。
それから妙に優しい声で語りかける。
「ねーぇ、ルフィ。今から夜食持ってってあげるから、ちょーっと私達の部屋で待っててくれない?」
微笑を絶やさないナミ。どう考えてもロクでもないことを企んでいる笑顔である。
「・・・・別にいいけど。早く持ってきてくれよー、俺腹へって死にそう」
「それは好都合」
笑顔のままナミは低く呟くと、手を振ってルフィを女部屋へと追いやった。

「何考えてんだ、てめぇは」
不審気に尋ねるゾロをびしりと指差し、ナミは宣言する。
「実験よ! 食欲と性欲、どっちが勝つか!!」
それから一同にずい、と手のひらを差し出すと笑顔で付け加えた。
「ついでに賭けるからね」
そうして唖然とするビビの方へ向き直ると、その両手をしっかと握り締める。
「頑張ってねv この実験にはあんたの協力が不可欠なんだから」
「な、な、な、何で!!」
狼狽するビビに、サンジは余裕のコメントを披露する。
「やー、幾らビビちゃんが魅力的でもアイツは俺のメシを選びますって」
一瞬の後、ビビは急に立ち上がるとツカツカとサンジの元へと詰め寄る。
「いーえ、ルフィさんは絶対に私を選びますっっ!!」
挑むようなビビの視線にサンジは一瞬目を丸くし、それから細かく肩を震わせる。
くくく、と笑いを零しながら、ナミにウインクを一つ。
「ナイス、サンジ君。じゃ実験スタートということで」
自分の向こう気の強さを嘆きつつ、へたりとビビが座り込んだところから実験は開始された。


コン、コン。
躊躇いがちに天井の扉を叩けば、あっという間に反応がある。
開けた扉の向こうではルフィが瞳を輝かせて待っていた。

「おー、来た来た。お? ビビが持ってきてくれたのかー?」
嬉しそうなルフィ。
夜食とビビ。どちらにより喜んだのかは今のところ不明だ。

じゃ、とトレーを置いて帰れたらどんなに平和か。
そうビビは思うが、倉庫の扉口でナミがニヤニヤ笑っている。
思わず溜息を零すビビにナミは人差指を立ててみせる。
一時間後に来る、ということらしい。
ビビは諦めて女部屋の階段に足をかけた。






「おいしい?」
「ん」
わき目もふらず、はぐはぐと食べ続けるルフィは見ているだけで幸せになる。
どう転んでも色っぽい雰囲気にはなりようがないほのぼのとした空気。

「おかわりは?」
「いる」
こんな何でもないやりとりが心地いい。
ちょっと口惜しい気もするが、実験とか賭けとかもういいかとルフィを見つめていたところ、
「ん? 何だ? オメエも腹減ったのか?」
「え? や? そういう訳じゃないけど・・・・・」
「何か物欲しそーに見てんな」
慌てて首を振るビビを見て、ルフィは笑う。
「変なヤツだなー、ま、いいや。これやる」

ルフィは左手に持った梨をビビの口へと運ぶ。
「あ、ありがと」
ビビは床に両手をついて身を乗り出し、差し出された梨を口に含んだ。

シャリシャリ・・・・
甘い蜜が喉を通っていく。
一口ごとにルフィの指がビビの唇に近づく。
そして三口目、ルフィの手から梨が消えた。

柔らかな唇。
しなやかに波打つ喉。

カツン。
ルフィの右手から落ちたフォークが皿を叩く。
ビビの唇に指をあてたまま、ルフィはビビが梨をすっかり飲み込んでしまうまでを見つめていた。

ルフィの指先がビビの唇をなぞる。
「ル、フィ・・・さん?」
小首を傾げるビビにルフィは顔を近づける。
「物食ってる女見てやらしいって初めて思った・・・・・」
「え・・・?」
目を見張るビビにルフィの顔はどんどん近づいてくる。
「え? でもほら! ご飯、途中よ!!」
焦るビビを見てニヤリと笑うと、ルフィはもう一切れ梨を摘む。
「別に口動かしながらだってやれるぜ」
そう言って梨の一端を口に含むと、ビビの口に近づける。
躊躇いながらもビビは唇を開き―――

カシュ・・・・
甘い甘い香りが二人の間を流れ始めた。




コンコンコン!
ノックの音が一時間が過ぎたことを伝えた。

扉ごしにナミが声をかける。
「ねーえ、ルフィ! おかわりいるー?」
結果はどうだとワクワクしながら返答を待つと、聞こえてきたのはやたらと元気なルフィの声。
「おー、いるいる!!」

勝利!!
ガッツポーズでナミは振り返り、サンジからおかわりのトレーを受け取る。
「じゃ、開けるわねー」
ホクホク顔で扉を開けた瞬間、ビビの声が響く。
「あっ、ちょっと待って、ナミさ・・・」

扉を持ち上げたままナミの動きが固まる。
怪訝な顔で近づいてきたサンジを裏拳で撃退し、トレーを階段の上へと置く。
「あ、あははははっ・・・・・ここに置いておくからねー、じゃあ、ごゆっくりー」
一オクターブは高い声でそう言うと、慌てて扉を閉める。

「どうしたんです?」
鼻のあたりを擦りながらサンジが尋ねる。
「・・・・ビビがリンゴ剥いてた」
呆然と口を動かすナミと、これだからお子様はと鼻で笑うサンジ。
「やっぱヤツは色気より食い気ですね」
「・・・・けど、ビビも剥かれてた」
「ぶっ!!」
鼻から口から煙を吹き出し、サンジは盛大にむせた。


床に座ったまま、ルフィに背中から抱きすくめられていたビビ。
とかれた髪が素肌に流れ、
腿の上に落ちたリンゴの皮の赤は美しくも妖しく、白い肌を引き立たせていた。


「こういう場合ってどっちが勝ったことになるんすかね」
涙目でむせながらサンジは問う。
「・・・・・・・・・何か、どっちでもよくなっちゃった」
ナミは大きく溜息をつく。どうやら二人の熱気にあてられたみたいだ。
「飲みなおそっか」
「・・・・・・・・・・そうですね」
ナミは倉庫の扉に手をかける。
あの様子じゃ骨まで残さず食べられてしまいそうだ。
食べるのにはいい季節だしね。
秋の夜はまだまだ長い。健闘を祈る。
小さく笑ってナミは扉を閉めた。



食欲と性欲、どちらが勝るのか。
ルフィについての結論はビビの胸だけに秘められることなりそうで――




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