少数お題集


  07.季節は廻り <サンジ+ビビ> Date: 2008-03-23 


石畳の埠頭に巨大な商船が幾隻も停泊している。その間を縫うようにして小型の帆船が滑るように沖へと漕ぎ出した。
様々な大きさの木箱や樽を運び出す勇ましい声が、あちこちから聞こえてくる。
「また賑やかになってきたわね」
長い水色の髪が海風に揺れる。ナノハナの港を臨む丘で、ビビは供のイガラムに笑いかけた。
「港の修復もようやっと完全に終わりましたからな」
「港に下りてもいい?」
「隙を見て、一人でどこかに雲隠れするおつもりでなければ」
イガラムのしかつめらしい表情を見て、ビビは小さく噴き出した。


「ビビ様!」
王女の突然の来訪に驚く声は、すぐに歓迎の声へと変わった。
親子で商いをしている途中なのだろう、小さな子供がたどたどしい足取りでビビに近づき、可愛らしい花を一輪手渡した。
少女の前に屈み、小さな頭を撫ぜて礼を言えば、子供は嬉しそうな顔で親元へと駆け戻っていく。ビビがそちらに目をやれば、恐縮しきりといった表情の夫婦が何度も頭を下げた。そんな夫婦に笑みを向けたビビの視線が、不意に止まった。
夫婦の後ろに置かれた荷車の上に、見たことのある野菜が乗っていた。
あれは――――

メリー号の三倍の大きさはあろうかという海賊船に、洋上で襲撃を受けた後のことだった。
メリー号の人間離れしたクルー達は、飛んでくる砲弾を跳ね返し、叩き落しし、一兵たりとも乗り込ませることなく、逆にあっという間に敵船を占拠してみせたのだった。
「見かけの割にしけた船ねぇ」
溜息をついたナミの横で、ルフィもまた、つまらなそうな顔を見せる。
「食いもんもなかったぞ。肉あったら食いたかったのによぉ」
ちぇと唇を尖らせたルフィの脳天に、サンジの踵が降ってきた。
「他所の食料に手ェだすんじゃねェって言ってんだろうが、このクソゴム!」
だってよぉ、と食い下がるルフィを蹴り飛ばすと、サンジは、腹をくくったようにどかりと胡坐をかいて座る敵船長に声をかけた。
「どうすんだ? お前らこの先、食いもんもなくてよ」
「この先?」
船長は可笑しそうに鼻を鳴らす。
「こんな状態で先のことを心配する必要はあんのか?」
こてんぱんにのされ、船員は皆、気絶したまま船長の後ろに山のように折り重なり倒れている。生殺与奪の権は勝者にのみ与えられるのがこの世の理だ。
「俺らは売られた喧嘩を買ったまでだ。勝負がついたってんなら殺しまではしねェさ」
そう言ってサンジは親指で、壁にめり込んだままもがくルフィを指した。
「アレもそう言うと思うぜ」
「だとしても、もうメシの種もねェ。この襲撃にかけてたもんでな。殺されるか飢え死にか、どっちにしろ先は一緒だろう」
自嘲気味の言葉に、サンジはまいったと言う風に天を仰ぎ、肩を竦める。
「そう言われちまうと弱ェんだよ。ったく。食いもんなら分けてやる。次の機会にかけてみちゃどうだ?」
「施しはうけねェ。飢えて死んだほうがマシだ」
その言葉を聞いた時のサンジの表情を、ビビは今でも鮮明に覚えている。
次の瞬間、相手の胸倉を掴んで引きずり立たせ、サンジは目を剥いて怒鳴った。
「軽々しく飢え死になんて言うんじゃねェぞ、タコ野郎! 百歩譲っててめェが一人で死ぬんならまだいい! けど、これだけの人間を道連れにしようとすんじゃねェ!! 飢え死にのほうがマシだァ!!? 舐めたこと言ってんじゃねェ! んな下らねェプライドなんざ犬に食わしちまった方がまだマシだ、分かったか!!」
余りの剣幕に息を飲んだ男から、サンジは手を離す。どすんと重たげな音をたて、船長は尻餅をついた。幾度か肩を上下させて息を静めると、サンジは呆然としたままの男をじろりと見下ろした。
「そこに転がってる奴ら、起きたモンからウチの船に来させろ。美味いもん食わせてやる」
そこで一旦、口を閉ざすと、咥えたままの煙草を持ち上げ、サンジはニヤリと笑った。
「これなら施しじゃねェだろ? ご招待だ」


「いいの? サンジさん、あんなこと言っちゃって」
メリー号のキッチンで慌しく食事の準備を始めたサンジに、ビビが尋ねた。
「もしかして、もう一回襲ってきたら・・・・」
「また蹴り飛ばしてやるさ。平気平気。心配しなくてもビビちゃんの身は俺が守るからさ」
そう言ってへらへらと笑うサンジは、もうすっかりいつもと同じサンジで、さっき見た鬼のような形相が嘘のように思えてくる。
「そこまでしてどうして」
「そりゃァ勿論」
誇らしげな笑みを浮かべ、サンジは答える。
「俺がコックだからさ。さて、ビビちゃん。お暇ならコイツの皮むき頼んでいいかい?」
一つウインクをし、サンジはビビの手にカボチャを手渡した。


あの時のカボチャ――――
ビビは荷車に近づき、箱の中に山と詰まれたカボチャを手に取った。
「少し、分けてもらってもいいですか?」
突然の王女の申し出に、夫婦は目を丸くしたが、すぐに笑顔で応じ、色のよいものを幾つか選んで袋に詰めた。
ビビの後ろで財布を取り出したイガラムを父親が慌てて止めた。
「お代は結構です。どうぞこのままお持ち下さい」
「いや、そう言う訳には」
あくまで固辞するイガラムを見て、母親がビビに語りかける。
「せめてものお礼です。王と王女のお話を聞いておりますから。壊れた宮殿や王墓を後回しにして、我々の町を復興して下さったと。ですので・・・」
尚も躊躇うイガラムに、ビビは笑みを向けた。
「イガラム。ありがたく頂きましょう」
カボチャの入った袋と、温かな心遣いとを受け取ったビビは、丁寧に礼を言い港を後にした。

「アルバーナに戻ったら、私が料理してあげるわね、このカボチャ」
「ビビ様がですか!?」
「あら。私だって、料理の一つくらいは覚えて帰ってきたのよ」
ビビは袋の中のカボチャを見つめて小さく笑った。
時が過ぎても思い出は鮮やかなまま。心優しいコックの笑顔が思い浮かぶ。
あの時、私の剥いた皮はどうにも厚すぎたらしく、翌日にはフライになってテーブルに上がっていたのだった。

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