少数お題集
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01.朝もやの向こうに |
Date: 2008-03-03 |
目覚めてすぐに感じる違和感。
けれど、それが何なのかが分からない。
知っている筈の、けれど見知らぬ女の家の天井をサンジはぼんやりと眺めた。
寝床にしていたソファの上に半身を起こし、サンジはあちこち跳ねのできた頭をがりがりと掻く。カーテンの隙間から仄白い光が溢れている。
よろよろと起き上がり、カーテンを開けるが、窓の外は朝霧に白く煙り、世界の全ては曖昧にぼやけていた。
まるで今の自分のようだとサンジは唇だけで笑う。
胸のポケットから煙草の箱を取り出し、一本つける。煙草は残り二本。溜息混じりに、サンジは箱の隙間を埋めるようにライターを押し込み、ポケットに戻した。
白く曖昧な世界に背を向け、室内を見回せば、家主である女将校の寝室へと続くドアが目に入った。
鍵の掛けられていない扉は、カチリと微かな音をたてて開いた。
広々としたベッドで女は眠っている。
何故自分はここに来たのだろう。分からない。分からないことが酷くもどかしい。そんなことを思いながら、サンジは女の整った顔をじっと見つめ続けた。
どれだけそうしていたのか、女の肉感的な唇が不意に動いた。
「夜這いにはちょっと遅すぎじゃない?」
ぎくりと背を震わせたサンジの目の前で、唇が笑みの形を作る。その後で瞼がゆっくりと開いた。
「何か用?」
「・・・・え、あ・・・いや、その」
わたわたと辺りを見回し、枕元に煙草の箱を見つけたサンジは、とってつけたような言い訳を口にした。
「煙草・・・切れたんで貰おうかと」
「あらそう、どうぞ」
ぎこちない動きで箱から一本引き抜くと、習慣となっている動きで胸ポケットを探る。
先刻使ったライターを取り出すのに、ポケットから煙草の箱を出してしまったことに気づいたのは、女がくすくすと笑い声を零してからだった。
しまったという顔を見せたサンジは、直後、やけになったように憮然とした表情で咥え煙草に火をつける。
「煙草、見つかったんなら返してもらおうかしら」
起き上がりざまに、ヒナはサンジの口元にすいと手を伸ばし、火のついた煙草を取り上げる。
面食らった顔のサンジを他所に、美味そうに煙を吸い上げ、ヒナは笑う。
まるで朝もやのような煙の向こうに見える女の微笑は、どこか切ない懐かしさでサンジの胸を焦がした。
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