少数お題集


  02.透明な昼下がり Date: 2008-03-04 
*ヒナ+サンジ捏造長編【蒼の記憶】番外編*

やたらと来訪者の多い午後だった。
書類仕事を片付ける間もないほどに、入れ替わり立ち代り人がやってくる。
ノックの音からようやくと解放されたヒナは、少し気分でも変えるかと立ち上がり、扉へと向かう。ノブを引いた直後、今まさにノックをせんと立っていた本部の人事担当官の姿を目にし、ヒナは小さく息を吐いた。
「歩きながらでもいいかしら?」
「構いません」
細身で背の高いその男は、いかにも事務屋らしく軍服をかっちりと身につけている。整えられた髪には一つの乱れもない。
用件の内容は聞かずとも分かっていた。軍人事に携わる人間の言ってくることなど一つしかない。
思い切りをつけるように髪をかきあげ、ヒナは自室を後にした。

ヒナは、麾下にある海兵に徹底して包囲戦を仕込む。
標的に気取られぬよう近づき、距離を保ち、僚船との連携をとりながら叩く。
所謂、黒檻の陣である。
この戦術で、ヒナの軍は精鋭の名を欲しい侭にしている。
しかし、その名が上がれば上がるほど、その兵が優秀であればあるほど、その力を欲する者も多く現れる。
熟練した兵を一時に引き抜かれ、代わりに新兵の群れをあてがわれたことは一度や二度ではない。
今回もまた――
うんざりとした気分でヒナは廊下を進んだ。

「二十」
「本部の要請は五十名です」
長い髪を揺らして歩くヒナの後ろで、男は抑揚のない口調で応ずる。
「今、五十人に抜けられては作戦行動が成り立たない」
「代わりに若者を同等数補充することを保障します」
若者ね、とヒナは目を細める。それは未熟者と同意の言葉だ。ここで一人前になれば、いずれ引き抜くつもりなのだろう。全くよくしたものだ。
「三十」
「五十」
冷ややかな応酬が続く。
「四十」
「・・・・分かりました。上にはそのように話を通しましょう」
ではこれで、と一礼し踵を返した男の背にヒナが声をかける。
「今年はこれ以上の要請がないことを望むわ」
男が振り返る。
「善処は致しますが、確約は出来かねますと申し上げておきます」
改めて敬礼をし、男は今来た道を真っ直ぐに戻っていった。

「ヒナ嬢〜〜」
調子外れの呼び声が二つ重なり聞こえてきた。
どやどやと足音喧しくやってきた二人の男の手元には、それぞれ花束が握り締められている。
「嫌な野郎がきてたそうで」
「花でも見て和んで下さい」
片膝をついて花束を差し出すジャンゴとフルボディを尻目に、ヒナは歩き出す。
浮かれ調子で後をついてくる二人の男を無視したまま、ヒナは廊下の角を曲がった。
目に入ったのは食堂の光景。いつもに比べて、座席には人はまばらで、その代わりに厨房の辺りが妙に騒がしかった。
厨房前のカウンターに何やら人だかりが出来ている。
ヒナが眉を顰めた瞬間、その声は響いた。

「だーから勿体ねェってんだろうが!!」
スーツの袖を捲くったサンジが、包丁片手に何やらがなりたてている。
「こんなん捨ててたらバチが当たるぜ?」
そう言って、まな板の上に乗っていた食材をざらりとフライパンに流し入れる。左手でフライパンを揺すりながら、右手は流れるような動きで幾つかの調味料を足していく。途端に、食欲をそそる香りが辺りに広がり、鮮やかな火がフライパンを包めば、周囲からおぉと歓声が上がった。
見れば、試食会でもやったのか、カウンターの上にはすっかり空になった大皿が何枚も並んでいる。

全く。ちょっと目を離している隙に何をしているのやら。
自然とこみ上げてくる笑いをかみ殺し、ヒナは渋面を作る。
「何事?」
凛としたその声に、男たちが一斉に振り返る。
「ヒナ嬢!」
驚いた声と共に人だかりは左右に分かれた。厨房からヒナを見つけたサンジが、小さく笑った。
「よぉ、大佐!」
これには周りの人間がぎょっとした。この支部のトップ、黒檻のヒナにそんな砕けた物言いができる者はいない。
「あなたを厨房に雇い入れたつもりはないんだけど?」
冷ややかにも聞こえるヒナの口調に物怖じすることなく、サンジは肩を竦める。それから、しげしげとヒナの顔を見て、ニヤリと笑った。
「大佐こそどうしたよ。んなしかめっ面してると皺になるぜ?」
恐ろしいまでの暴言に、場の空気が一瞬にして凍りついた。
「てんめェ」
「よくもヒナ嬢に無礼な口を!」
拳を握り締めながら、一歩踏み出したジャンゴとフルボディをヒナは片手で制した。
どんな叱責があるものか、一堂に緊張の走る中、サンジだけが平然として、尚も口を開く。
「折角だから、メシどう? 出来立てあんだけど」
そう言ってサンジは日当たりのいい席を手のひらで示した。

温かな湯気を立てているフライパン。
明るい場所で食べるサンジの料理は確かに魅力的に思えた。
そんなことを考えるうちに、どういう訳か、先刻までの殺伐とした気分が消えていることにヒナは気づいた。
本当に不思議な坊や。
ヒナはさも可笑しそうに肩を震わせて笑った。
「食後はエスプレッソにしてくれる?」
「了解」
軽く敬礼をしたサンジは、手早く盛り付けをすると、左手に皿を乗せてヒナの後を追った。

予想外の成り行きに、皆が皆あっけにとられている中、フルボディが気の抜けた顔でジャンゴに語りかける。
「何でヒナ嬢はあの野郎に甘いんだ?」
「知るか・・・知って堪るか」
呆然とした表情のジャンゴが見つめる先で、サンジの給仕を受けるヒナは、これまでとは一転して晴れやかな笑顔を浮かべていた。

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