少数お題集


  03.足跡を残して <ナミ+ガープ / ルナミ風味> Date: 2008-07-07 


全く、グランドラインの嵐よりも慌しい時間だった。
ガレーラ社員専用のプール。そのプールサイドに置かれたデッキチェアの上で、一つ伸びをし、ナミはクスリと笑みを零した。


その時、海賊を前にした大勢の海兵の手には、武器ではなく、大工道具が握られていた。
金槌の音が辺りに響き、リズミカルに前後する鋸からは、切られたばかりの木のよい香りが広がる。
忙しく動き回る制服姿の男達の中にあって、一際目を惹く大柄な老人。
伝説といってもよいほどに高名な海軍中将はその時、海賊の仮住まいの修繕に精を出していた。

テーブルに肘をつき、ナミはぼんやりとその広い背中を見つめている。
ルフィのおじいちゃん、ねぇ。
兄と名乗る男が出てきたときも驚いたが、今回は祖父の上に父親とやらの情報まで出たので、倍以上に驚いた。
その二人共が世界的に名を知られた人物だから尚のこと。
物語の登場人物が、突然、本の中から抜け出てきたような妙な感覚にナミは包まれていた。
「何つーか、シュール過ぎる光景だよなァ」
独り言のように呟いてから、サンジはニカリと笑うと、ナミの前にグラスを置いた。
丸みを帯びた背の低いグラスには、透き通った緑の飲み物が湛えられている。手に取れば、指先に感じる冷たさが心地好い。きりりと冷えた緑茶の香りに、幾分気持ちが落ちつく。
ナミにウインクを一つ投げると、サンジは、ナミのはす向かいで、珍しく腑抜けたようにテーブルに突っ伏しているルフィの前にもグラスを置く。それから大量のグラスを乗せた盆を微動だにさせずに、すたすたと作業中の海兵達のもとへと向かった。
客が来れば、それが海兵でもサービスを怠らないあたりはプロの料理人の性といったところか。
海賊の振舞うお茶を、海兵達は喜んで受け取っている。
シュールさを増しつつも、どこか微笑ましい光景に、ナミは目を細めた。その視線の先で、ガープはというと、それまでの大雑把な行動が嘘のような、流れるような所作でグラスを傾けると、その余韻を楽しむようにじっと目を瞑った。
それから、満面の笑みを浮かべてサンジを手招きする。
怪訝そうな顔で近づいていったサンジの肩を、賞賛の意であろう、ガープは、ゴムにすらダメージを与えるその力に任せてバンバンと叩いている。
床に打ち付けられんばかりの衝撃に、サンジは目を白黒させた。

間もなく全ての修繕を終え、海兵達が戻り支度を始めた頃、ガープはつかつかとルフィのもとへと歩み寄る。
「直し終わったぞ」
「あっそう」
祖父の言葉に、そっけなくルフィが応えれば、その脳天に、何の前触れもなく拳骨がお見舞いされる。
思い切りテーブルに頭を打ち付けたルフィが、不満げな視線をガープに向ける。
「何すんだよ、じいちゃん!!」
対するガープは握りこぶしを作ったまま、ルフィに詰め寄る。
「感謝くらいせんか、バカ者!! 一生懸命働いたじいちゃんを少しは労え!!」
「何でだよ!! 勝手に壊して来たのはじいちゃんじゃねェかよ!!」
海軍の英雄と億単位の賞金首による極めてどうでもよい諍いに、ナミは思わず吹き出してしまう。
ルフィの胸倉を掴み、もう一発拳骨を振り上げたガープと、まるで子供のように手足をばたつかせてもがいていたルフィ。その二人の動きが、からからと笑う声にピタリと止まった。
ガープはルフィから唐突に手を離すと、今度はナミの方へと足を向けた。
笑みを引き、何事かと見上げるナミの傍らに立つと、ガープは深い眼差しで彼女を見つめた。
「お前さんが、この一団の航海士だな?」
穏やかな表情で、けれどもその視線には、これまで感じたことのないような重さがあった。
気を抜けば気圧されしまいそうな眼差しを、ナミは真っ直ぐに見返し、静かに頷く。
暫し無言のままナミを見つめた後、ガープは、突然その手をナミに向けた。
反射的に身構え、きつく目を閉じたナミの頭を、大きくて温かな手のひらが撫ぜる。そっと目を開ければ、そこには満足げなガープの顔があった。
「いい目をした嬢ちゃんじゃ。それに、この若さで、あの手のかかる孫をここまで引っ張ってくるとは有能じゃな」
尻餅をついたままのルフィをちらりと見て、ガープはどうだ、と笑う。
「よかったらワシのトコに来んか? 立派な女将校にしてやるぞ」
その言葉に、ぴくりとルフィが反応する。
「待てよ、じいちゃん!!」
慌てて立ち上がったルフィが、二人の間に割って入る。
「コイツは俺んだ。いくらじいちゃんにだって絶対にやんねェからな!!」
ルフィの目からは、再会当初から覗かせていた怖気が全く消えうせている。
真剣な眼差しで、きっぱりと言い放った孫を見て、ガープがほう、と目を細める。
「駄々を捏ねることしか知らんと思っとったが、中々言うようになったじゃないか、ルフィよ」
孫の険しい表情もさして気にすることなく、ガープは軽々とルフィを脇へ退かす。
「随分、懐かれたものじゃな。お嬢ちゃん」
改めてまじまじとナミを見つめると、何かに納得したように、よしよしと二度頷いた。
そうしてガープは、ずいとナミに顔を寄せると、意味ありげに目を細める。
「お前らに、いずれ子供ができたら絶対にワシに知らせるんじゃぞ。曾孫こそ、誰より強い海兵にせにゃならんからな」
目を丸くして絶句するナミの横で、ルフィが鼻息を荒くする。
「じいちゃん! 何でそういうこと言んだよォ」
余裕たっぷりの表情で呵呵と笑うガープに、ルフィは心なしか顔を赤くして食って掛かる。
戦いに明け暮れる少年が垣間見せる年相応な反応は、見ていて何だかとても新鮮に思える。
どこまでも非常識な家族による、とてもありふれた光景を、ナミは微笑んで見守った。


嵐の去った平和なプールサイドで、ナミはふと風に吹かれる前髪を見上げた。
くしゃくしゃと頭を撫でられた感触が蘇る。
年月を重ねた大きくて広い手はルフィの手とは全然違っていた。けれども、海の香りと、そして触れられたときに感じた妙な安心感は、とてもよく似ていた。
そんなことを考えていると、風に煽られたビーチボールがナミの足元に転がってきた。
「カイゾクねーちゃん、また遊んでよー!!」
水の中で飛び跳ねるチムニーに向かってボールを投げると、ナミは立ち上がり、とても綺麗なフォームで水の中へと飛び込んだ。

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