少数お題集


  08.岬の先 <ナミ+ブルック> Date: 2009-02-20 


なだらかな傾斜で海へと迫り出す岬の突端に、一面の花畑が広がっていた。
人の手は入っていないのだろう。様々な色は無秩序に咲き乱れ、それ故に人には作り得ない鮮やかな絨毯が大地を覆っていた。
「綺麗なものですね」
甲板でバイオリンの調弦をしていたブルックは、糸巻きを回す手を止め、陸地に目を向けた。
「もうすっかり春島の気候海域に入ったのね」
好天ではあるが、時折強風が吹き荒れる空を見上げながらナミが応じた。

「昔、仲間達と旅していた頃―――」
二人並んでぼんやりと岬を眺めていると、不意にブルックが、ぽつりと呟いた。
「こんな風に岬を越える度に、その向こうに待つものが楽しみで楽しみで仕方ありませんでした」
いつものようにヨホホと笑う声には懐かしむ思いが滲んでいた。
「そんな気持ちを随分と久しぶりに思い出しました」
ナミは隣に立つ長身の男の顔を見上げる。
この船に乗ってからのブルックは、いつでも上機嫌で、乞われるままに陽気な曲を奏でていた。
そんな様子を見ていると、つい忘れてしまいそうになるが、この男は、自らの命を含め、一度全てを失っていたのだった。
スリラーバークで、かつての仲間達を埋葬した後だろう。聞こえてきた鎮魂歌をナミは思い出していた。
ナミの見つめる先、長い長い間ただ一人海をさすらった男の肉も皮もない顔には、どんな表情も見て取れない。
まっすぐ前を見つめていたブルックが、寄せられる視線に気づいたのか、ナミへと顔を向けた。
「こんな気持ちで、また海を渡れるとは・・・・・私、皆さんに会えて本当によかった」
柔らかな声音を紡ぐ顔には、やはり表情は見られない。
だが、ナミにはきっとブルックが微笑んでいることが確信できた。
「という訳で、パンツ見せてもらってもいいですか?」
「何が"という訳"なのよ!!」
拳を振り上げた瞬間、悪戯な春の強風が甲板で渦を巻いた。
ブルックのアフロに乗っていたシルクハットが転げ落ち、細かなプリーツの入ったナミのスカートが勢いよく捲れ上がる。
急に風通しのよくなった足元に目をやれば、シンプルな白の下着が露わになっており、ナミは反射的に裾を押さえた。
一方。
「いやー、やはりいいものですねぇ。春」
くるくると回りながら、生きていてよかったーとはしゃぐブルックにナミは、もう、と苦笑を浮かべる。喜色満面といった雰囲気に毒気を抜かれ、対価を要求する気も失せてしまった。
やがて、ブルックはナミに向きなおると、弦を持った手でシルクハットを拾い上げ、ゆったりと一礼する。
「では、お礼に一曲」

春の陽を思わせる暖かで優しい旋律が海を渡る。
その音に合わせるように花々は揺れ、鮮やかな伴奏を務めた。

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