少数お題集


  03. 歩き煙草 < サンジ+フランキー > Date: 2009-05-15 


それはサニー号が旅を始めたばかりの頃。

フランキーが甲板に出ると、船尾の方からふらふらと歩いてくるサンジの姿が目についた。
夕飯のメニューでも考えているのだろうか、咥え煙草のサンジの視線は眉間の先あたりの宙に据えられている。
そのまま三歩ほど進んだところで、ようやくフランキーの存在に気づいたサンジは、突然くるりと背中を向けると慌しく手足を動かした。
「?」
首を傾げ、近づいて行くフランキーに、サンジはこれまた慌しく向き直る。その手は両方とも後ろに回されていた。
「おめェ何一人でバタバタしてんだ?」
「いや別に」
後ろに手を組んだまま、サンジは空とぼけた表情を向けた。どうにも不自然な動きを訝しむフランキーの前で、サンジの背後からすうと一筋の煙が立ち昇りだした。
直後。
「うわっちィ!!」
短く叫んだサンジが煙の元を放り出す。床でとんと一度跳ねた煙草がフランキーの足元に転がった。
フランキーが無言で拾い上げたそれは、先端が乱暴に潰されてはいたものの、燻り続ける火が周囲に巻かれた紙をじわじわと灰に変えている。
「何を今更」
含み笑いで見下ろすフランキーから目を逸らし、サンジはバツの悪そうな顔をみせた。
「ガキじゃねェんだから、んなこそこそするこたァねェだろうよ」
「ガキじゃねェから、尚更だろ」
サンジにしてみれば、フランキーは、船を汚すな、何て細かいことを一々言うような男だとは思えない。けれど、自分の作った料理に煙草の灰を落とされたらと思うと、同じように物を作る人間としては若干後ろめたい思いを覚えずにはいられなかった。
あさっての方向を見つめたまま、サンジが鼻の頭を掻く。

遠い昔にも、同じ匂いを嗅いだ。
真新しい船の、木の匂い。磨き上げられたシンクに流れる水の香り。
煙草を吸い始めたのは、バラティエが完成してすぐだった。大人になりたくて、大人扱いされたくて、煙草はその為の大事なアイテムだと、当時は本気でそう思っていた。
目に沁みるわ苦いわ舌は痺れるわ。いいことなど何一つなかったそれを頑なに身につけていた。
そして出来立ての船のそちこちで煙を上げ、流石に店内には残さなかったが、裏手のあちこちに吸殻を放り投げていた。
自分は大人なんだと見せつけたい一心の、今思い返せば、場所をわきまえることも知らない子供そのものの振る舞い。

短い昔語りを終えたサンジが、蘇った気恥ずかしさに頭をかきむしるのを見て、フランキーが笑う。
「でもよ。分かるような気もするわ。俺にもよ」

一人しゃにむに船を作っていた少年時代。
認められたかった。何だって一人で出来ると思っていた。それがどんな意味を持つのかも分からないまま。
その頃を思えば、フランキーの胸に、気恥ずかしさと懐かしさが、どうしようもない痛みと共に湧き上がる。

それにしても、とフランキーはからかうように笑った。
「意外に気ィつかいなんだな。おめェ」
「繊細、と言えよ」
およそ繊細とは言いがたい、ぞんざいな口調でサンジはニヤ、と笑う。
「ま、何にせよ、要らん気遣いだぜ」
見上げてくるサンジにフランキーは笑い返す。
「全部分かった上で、コイツを作ったんだからよ」
フランキーの手がサニーを撫でる。
「煙草を手放せねェコックがいるのも、食い方の汚ねェ船長がいるのも、いや、お前らが揃いも揃ってどうしようもねェのもよ」
何てったって、とフランキーは続ける。
「コイツの船出の祝いが砲弾の嵐だぜ?」
フランキーはすっかり短くなった煙草を床に落とすと、 思い切りよく踏み潰す。そうしてその足を除け、完全に火の消えたひしゃげた煙草を摘みあげ、海へと放った。
サンジは床に視線を落とせば、フランキーの足のあった場所には、僅かに黒く炭の跡が残っている。
「俺が作ったのは海賊船だからよ」
フランキーの声に、サンジは顔を上げた。
「ちィとばかり汚れてる方が粋ってもんじゃねェの?」
口の右端を持ち上げたフランキーが、サンジの胸元におもむろに手を伸ばす。ジャケットのポケットから、側面がへこんでいる煙草の箱を抜き取ると、一つ上下に揺すった。
箱から飛び出した一本をくわえると、箱をサンジへと放る。手慣れた一連の所作に、面食らった表情でサンジは箱から自分の為の一本を取り出す。
「アンタもやるとはな」
サンジが差し出したライターの火に、フランキーは顔を近づけた。
美味そうな顔で煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「たまに嗜むのが本物の大人ってもんじゃね?」
そう言ってサンジの肩をポンと叩くと、フランキーは悠然と煙と共に歩き出した。

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