少数お題集
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03.流れるもの <サンジ+ロビン> |
Date: 2008-03-12 |
「自分の買ったものくらい自分で持つわ」
大きな紙袋を左に、がっしりとした装丁の分厚い本を右に抱えて歩くサンジを横目に、ロビンは小さく笑いかける。
穏やかな風にしなやかな黒髪がそよぐ。頬にかかる髪をそっと払うほっそりとした指を見つめ、サンジはうっとりと微笑み返した。
「レディーの荷物持ちは男の役目。お望みならロビンちゃんごと抱えて運ぶよ?」
大真面目なサンジの顔を見て、ロビンが何事か言いかけた時だった。
陽の傾きかけた広場に、ギターの音が鳴り響く。
周囲に点在する露店の客が一斉に振り返る。その先では、ギターを奏でる男の前で、女がスカートの裾を翻しながら踊り始めていた。
華やかな踊りに、やがて男の歌声が重なる。聞いたことのない言葉で綴られたその歌には、意味は分からずとも、胸が締めつけられるような郷愁が感じられた。
「流離人の歌ね」
ひらひらと舞う衣装を見つめながらロビンが呟く。
「彼らはその昔に故郷を追われてからずっと海を流れて暮らす旅人。家を持たず船を持たず、商船や海賊船を利用して流れていく。その土地にはない薬なんかをもたらすから歓迎される場合もあるけど、表では捌けないような危険な代物の運び手にもなるから、迫害されることも多いわね」
まるで本を読むようにすらすらとロビンは解説する。
「さすらい、流れて、とどまる事を知らず―――」
そこで一つ小さな溜息をつくと、ロビンは静かに目を伏せた。
「安住の地を得ることがない代わりに、場に固執して自らを縛ることのない・・・・・生き方としてはどちらが幸せなのかしらね」
滑らかな肌に落ちる睫が微かに震えるのを、サンジはただ黙って見つめていた。
この聡明で美しい人が、今、何を思っているのかは自分には分からない。けれども、彼女の言わんとすることは分かるような気がした。
長い時間を過ごした、あのレストラン。
そこは今の自分を形作った拠り所で、命に代えても守りたい場所だった。それは間違いなく一つの真実だ。けれど、そこに在ることが堪らなく苦しいこともあった。
それはまるで高波のように唐突に自分を襲った。例えば、一人、買出し用の船で店を離れた時。このまま、背負うものの全てを捨て、誰も自分を知らぬ場所へと進路を変えてしまうことを考えてみたりもした。
けれど、それを実行に移すことはなかった。
何しろ自分はコックなのだから。
食材が届かなければ店は困るし、買出しもロクにできないとクソジジイに詰られるのは癪に障る。
そんなことを口実に店に戻ってからは逆に、そこに在ることに安堵の溜息をついたものだった。
ロビンは静かに瞼を開く。真っ黒な瞳には踊り続ける女の姿が映っている。そんなロビンは、今にも流されてしまいそうな程に儚げに思えた。
サンジは、右手に持っていた本を左の小脇に抱え、ロビンの物思いを断ち切るように手を差し出す。
「そろそろ行く? 帰ったら今晩は山ほどサンドイッチ作るからさ」
にこりと笑うサンジに微笑を返しながら、ロビンは伸ばした手の動きも優雅にエスコートを受けた。
「なら、急いで帰らないと」
帰る、というロビンの言葉が妙に嬉しい。
自分達が彼女の安住の地になれるのか、そしてそれが彼女の幸せに繋がるのかはまだ分からない。
けれど、いつか知らぬ間に消えてしまいそうな、この危うい人をとどめる為に、今は出来る限り腕を振るおうと、そんなことを考えながらサンジは船へ戻る一歩を踏み出した。
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