少数お題集


  04.広い広い世界<サンジ> Date: 2008-03-17 


こんなにも広かったか。
どうにか全壊を免れたバラティエ店内。
煙草をふかしながら、サンジは一人、ホールから厨房をぐるりと見回す。蛇口から水が一粒零れ、シンクを叩いた。
料理に必要な道具は、食材と共に既に船に乗せてある。身支度と言っても、他にとりたてて持っていくものを思いつかなかったサンジの荷物は小さな袋一つだけだった。
予想外の出来事が余りにも立て続けに起こった所為か、妙に現実感が薄い。もうすぐこの店を出て行くのだという実感が今ひとつ湧かなでいる。
目を閉じ、もう一度開ければ全てが夢になりそうな気さえ、サンジにはしていた。
サンジは肩にかけていた荷物をテーブルの上に放り出して椅子を引いた。ゼフが見たら目を顰めるようなだらしのない格好で腰掛け、天井を見上げる。
頭の中が妙に静かで、どうしてか昔のことがやけにはっきりと思い出されてくる。

そう言えば餓鬼の頃は、やたらと広く感じていた。
蘇るのは、初めて海に浮かぶバラティエを見たときの感動。真新しい厨房には立つことすら許されず、隅でむくれながらジャガイモの皮を剥いていた。
自分より後にやってきたコック達が厨房で自在に鍋を操り、悠然とホールに料理を運ぶのが悔しくて、早く自分も手前で作った料理を客に振舞いたくて仕方なかった。
初めて海賊の襲撃を受けた時は、子供だてらに大人達に混ざって立ち向かい、一撃で吹っ飛ばされた挙句、その後クソジジイに「余計なことすんじゃねェ」とこっぴどくどやしつけられた。
考えてみりゃ、あの海賊の三倍はボコりやがったな。クソジジイ。
サンジの唇が僅かに笑みの形を作る。
それなりにデカクなって、客に料理を出してもクソジジイは文句を言わなくなった。
海賊にも、他のコック達にもケンカで負けることもなくなって、いつの間にか、この店が広いとは感じなくなっていた。
けれど、今。
出て行こうとする今、今までで一番この場所を広く感じている。
全てはここから貰った。
料理の腕も、戦う脚も。

まるで子供の頃に戻ってしまったかのように離れがたく思う。その気持ちに蹴りをつけるようにサンジは勢いをつけて椅子から立ち上がった。
荷物を手にゆっくりと振り返る。
真っ直ぐに見据えたその先には、更なる広い世界が待ち受けている。

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