少数お題集


  05.いつか帰る場所 <サンジ+ブルック> Date: 2008-03-10 


「これはこれは料理長」
サンジの差し出したティーカップを、ブルックは愛想良く受け取った。
甲板をゆく風はまずまず穏やかで、多少のトラブルを乗り越えつつ船は順調に進んでいる。
「料理長はよせって。一人しかいねェんだ」
苦笑を浮かべるサンジを見て、ブルックはコキリと頚椎を鳴らして首を傾げた。はて、他の方は何とお呼びしてましたか。
スリラーバークでの戦いの中、仲間の一人が叫んでいた名前を思い出してみる。あぁ、そう言えば。
「では、改めまして。ありがとうございます。ぐるぐるさん」
「サンジだサンジ!!! 出汁にするぞてめェ!!!」
見事な踵落しが脳天に決まったが、ブルックはさして堪えた風を見せない。恐るべしアフロの防御力。
思わずたじろぐサンジを他所に、ブルックは手つきも優雅にカップを傾けた。
直後、ずぞぞぞ、と吸い上げる音もやかましく紅茶を嗜むブルックに一言あるべきかとサンジが考えた時だった。
「前に何か見えるぞ!!」
頭上からウソップの大声が降ってくる。
「島・・・・じゃねェ、山、か?・・・・・・・・いや、違う! ありゃあ!!」
一拍を置いて、弾むような声が続いた。
「レッドライン! レッドラインだァ!!!」


船は更に進み、やがて、サンジ達のいる場所からも、世界を分かつ壁の突端が目に入るようになった。
「あの裏でラブーンが待ってるんですね」
自らに言い聞かせるように、呟いたブルックを見て、サンジもまた懐かしそうな目をして、咥えた煙草を揺らした。
「まだデカクなってんのかねェ。見たらきっとびびるぜェ?」
可笑しそうに肩を揺らして笑いながらサンジは続ける。
「何しろ、グランドラインに入った早々俺達を船ごと丸呑みしやがったんだからな」
「船ごとですか!?」
ああ、とサンジは笑顔で頷き、甲板をとんとんと軽く踏みつけた。
「こいつの前の、そん時ァもっと小さな船だったがな。あんときゃ、早くも終わったと思ったぜ」

「そうですか。ラブーンの中がそんな風に―――」
飲み込まれた先での顛末を聞いて、ブルックは目を細めた。実際のところ、肉も皮もないブルックの表情を読むことは出来ないが、きっと静かに笑っているのだろうとサンジは思った。
それから、ヨホホと声高らかに笑い、ブルックはサンジに目を向けた。
「いいですねぇ。では、私、ラブーンに再会したら、今度は腹に入れてもらって一緒に旅でもしましょうかね」
「流しの音楽家か、いいじゃねェか」
腹から音楽を流しながら大海原を往く鯨の姿を想像すれば、何とも微笑ましく思えた。
「あなたはどうするのです? この海の果てまで行き着いたら」
そうだな、と新しい煙草に火をつけ、サンジは空を見上げる。
「知ってるか? オールブルーって」
唐突な問いかけに、ブルックは口を噤み、暫し考える風を見せた。
「あぁ、詳しくは知りませんが、そんな場所があるってことだけはどこかで耳にした気が」
「マジか!? 俺ァ、そいつを探しててね」
手にした煙草がどんどんと灰になっていくのも気にせずに、サンジはまだ見ぬオールブルーへの思いを語り、やがて一息ついた。
「見つけたら、そのことを知らせたい奴もいるしな」
そう言って遠くを見つめる瞳は、愛しいものを目にしたときの温かさに満ちている。そんなサンジの横顔を見つめ、ブルックが静かに口を開く。
「そこがあなたの帰る場所なんですね」
その言葉に、サンジはうっと答えに詰まった。何というか、改めて言葉にされると妙に気恥ずかしいものがあった。
けれど・・・
「まァ、そんなトコだな」
出掛けに、また逢おうって言ってきちまったしな―――
鼻の頭を掻きながらそんな言い訳を考え、サンジはブルックから顔を背けると、照れくさそうに笑った。

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