+裏書庫+


  Scorpion(上) Date: 2003-09-26 (Fri) 

「さてと...」
誰にともなく呟くと、サンジは煙草を海へとはき捨てる。
食事及び後片付けを終えて、薄暮の中で一服つけていたのだ。

―取り急ぎって程のことはねぇんだが―
別に他にやることもなし、とサンジは明日の仕込みの為キッチンへと向かう。

キッチンへ近づくと中から、何かがぶつかるような物音。
それに、男女の言い争うような声。
立ち止まって訝しげな顔をするサンジ。話の内容までは聞こえない。

「・・・何だ..?」
1歩足を踏み出そうとした瞬間。
バタンと大きな音をたてる扉から、女が飛び出す。

薄暗がりでよく見えないが、肩で大きく息をしている。
サンジに気づかないナミは、声をかける間も与えることなくキッチンを後にする。

更に訝しげな表情でキッチンに入るサンジ。
その足が戸口で止まる。
そこにいたのは、落ちた麦藁を拾い上げようとしゃがみ込んでいるルフィ。
黙ったまま、ぱさり、と麦藁を頭にのせる。
その表情は見えない。

「てめぇっ、クソゴムっ ! ナミさんに何しやがったっ !!」
黙して語らないルフィ。
そのままサンジの脇を通り抜けようとする。その表情はやはり、分からない。

「ルフィっ、てめえっ !! 」
サンジが蹴りの体勢に入った瞬間、ルフィが一言呟く。

「・・・ゴメン...サンジ...」
思わず直前で足を止めたサンジに構わず、ルフィはその場を離れた。

―何だってんだよ...一体..まさか、あのクソ野郎、ナミさんに―
一瞬良からぬ考えが浮かび、サンジは思いきり頭を振る。

―まさかな..あいつに限ってそんな―
仕込みをする気にもなれず、サンジはそのままキッチンを後にした。



深夜、サンジはキッチンを見に来た。
今日最後までキッチンに残っていたのがナミだったのだ。

あの後、資料の整理をするとのことで暫く自室にこもっていたのだが、シャワーを浴びた後にナミは大量の書類の入った箱と共にキッチンに現れた。
資料を広げるのに自室の机では狭い、ということだった。

何となく声をかけづらかったこともあり、他のクルーと共に追い出されるまま1人残してきてしまったことが気に懸かった。

―まだ、灯りついてるな―
そっと扉を開けると、本と紙にまみれてナミはいた。
が、机の上にうつ伏せになって完全に寝入ってしまっている。

―見に来て良かったぜ―
サンジは散らかったテーブルの上を簡単に片付けると、眠るナミに近づく。
テーブルの上についた腕に顔を乗せて眠るナミ。
サンジは頬にかかるオレンジの髪を優しくすくって、耳にかける。

―やっぱ、可愛いなぁ―
などと思いつつ耳元に口を寄せる。

「ナミさん、起きて..風邪ひきますよ」
「..う...ん....」

身じろぎするナミの頬にサンジが軽く口付けると。
「..ダメ...ソコ、は...ルフィ...やめ....」
夢うつつのナミの寝言に、サンジはがばりと身を起こす。

―な..何だよ..今の寝言は―
ナミは再び寝息をたて始め、起きる気配がない。
先程の寝言を気にしながらも、サンジはナミを抱きかかえ、女部屋へと向かう。
今日はよほど根をつめて作業していたのか、ソファに横たえてもナミは目を覚まさない。

―まさかな..ナミさんに限ってそんな―
心に引っかかりを感じながらも、サンジはそのまま黙って女部屋を後にした。

男部屋に戻ったサンジは、眠る気にもなれずソファに腰を下ろした。
テーブルの上に、どさりと足を投げ出し、シャツのポケットを探る。
残り少ない煙草の箱を乱暴に上下に振るが、なかなか煙草が出てこない。

―クソっ、何だってんだよっ―
中に入った煙草ごと箱を握り潰して、放り投げる。
イライラの原因であるルフィめがけて。
放物線を描いた箱は、ルフィの眠るハンモックを吊る縄の部分に当って、勢いをなくし
コツンとルフィの額にぶつかり、床に落ちた。

―けっ―
と、毒づいた瞬間、ルフィがもごもごと口を動かす。

「..ゴメ...ナミ...メン..サン...」
サンジの体が再び硬直する。
顔を強張らせたまま、つかつかとルフィの眠るハンモックに近づく。

「・・おいっ、起きろっ、このクソゴムっ !! 」
小声ではあるが、サンジの手はルフィの襟首を掴み、容赦なく揺すぶる。
が、ルフィは全く起きる気配を見せない。

―ちっくしょうっ―
サンジは、ルフィから手を離し、くしゃくしゃになった箱を拾うと男部屋から出て行った。

船べりに身を乗せ、サンジは箱をばらばらに壊す。
引き千切れた紙片が、漆黒の宙を舞い、暗黒の海へと吸い込まれて行く。

―今の俺の気分みてぇだな―
半ば壊れた箱から飛び出した2本の煙草。
1本を咥え、もう1本をシャツのポケットに収める。
用なしになった箱から手を離すと、それはあっという間に闇に紛れた。

サンジは船べりから身を翻し、今度は背を預ける格好になる。
全体重を壁に預け、ズボンのポケットからライターを取り出す。
石を打つ、カチリという音がやけに大きく聞こえる。

風の所為で、ライターの上の火が1箇所に留まらない。
目に見えぬ風を睨みつけながら、サンジはだるそうに髪をかきあげ、口元に火を近づける。
煙草の先に赤い点が灯るのと同時に苦い煙が肺を満たす。
いつもであればイラつきを抑える役割を果たすそれも、今夜は効力を持たない。

―さて、どうするか―
吹きすさぶ風。
それは、サンジの髪を嬲る。
はためくネクタイはサンジの胸を激しく打ちつける。

サンジの中の攻撃性を刺激するように。

―なめられっぱなしじゃ、いられねぇしな―
船べりから体を離すと、煙を吐きながらゆっくりと歩を進める。
風の案内する先へ、煙の向かう先へ。




煙草を咥えたまま、鍵の掛かっていない扉に手をかける。
大した力も必要なしにそれは、小さな音をたてて持ちあがる。

サンジは足音を殺すこともなく階段をおり、ソファへと近づく。
片手でネクタイの結び目を乱暴にほどき、首から抜き取る。
立ったままそれをソファの上に落すが、その人は目を覚まさない。

―このまま起きても、起きなくてもかまわねぇや―
サンジはことさら急ぐ様子も見せず、自らのシャツのボタンを一つずつ外していく。
長い指先が動く度に、しなやかな肉体が顕わになる。
同時にそれまで抑えてきた狂気もが表に現れそうで、サンジは咥え煙草のまま頬を歪めた。

シャツから腕を抜き、同じようにソファへと落す。
やはり、その人は起きない。

サンジは、唇から一旦煙草を抜き取ると、灰を床へと落す。
もう片方の手で、つい先刻自分がかけてあげた筈の毛布を剥ぎ取る。

再び煙草を咥えると、眠る人の足の間に自分の片膝を入れ、両手を顔の間につく。
ぎしり、とソファが重い音をたてる。

寝床が深く沈む感覚に、ナミは目を開けた。
それでも、目が覚めたわけではなく、何事が起きたか全く判断がつかない。


―あ...? 私、キッチンにいた..筈―
しかし、ソコは現実には自分の部屋で、目の前には上半身裸のサンジがのしかかっている。

「・・・サンジ...君..?」
ナミの問いかけにサンジはシニカルな笑みを浮かべ、片手で煙草を挟む。

「・・・こんばんわ、ナミさん..」
呆然と自分を見つめるナミに、皮肉な笑みはますます広がり、サンジは言葉を続ける。

「誰だと思ったの..? ルフィだと...?」
何が何だか分からないといった顔のナミ。

「・・・サンジ君..何言って..」
言葉の続きをサンジは軽いキスで塞ぐ。
いつもは煙草の香りすら甘く感じるはずなのに、今日は違う。
絶望的な程の違和感を感じ、ナミは顔を背ける。

そんなナミを見て、サンジは傷ついたような表情を見せるが、それは一瞬で元の皮肉な微笑に戻る。
サンジはナミの片手を頭の上で組み敷くと、耳元で囁く。

「俺さぁ、今日すげェ傷ついてんの」
その声は、いつも情事の時に聞くそれよりも、いっそ甘く、切なく。
そして、何よりも大量の毒が含まれていた。

「慰めてよ...ナミさん...」
そう言いながらサンジはナミの首筋に顔を埋める。
鎖骨から耳元まで舐め上げられ、ナミは快楽に堕ちてしまいそうになる。
快感に飲まれそうな躰を抑えて、ナミは開いている手でサンジを押し戻そうとする。
サンジは体をぴくりとも動かさず、顔だけを離してナミを見つめる。
酷薄な笑みを浮かべたままの唇から濡れた舌が覗く。

―今日のこの人は...この舌は、毒だ―
そう思いながらも、サンジのその姿にナミの躰の奥が、ゾクリと反応する。

「すっげぇ、寂しいの..俺」
ナミを拘束していた手を離し、その手を上着の中へと突き入れる。
下着を上へとずらし、柔かな膨らみの感触を愉しむ。

「...ふっ...うっ...」
僅かに躰を震わせ、吐息を漏らすナミに、サンジはうれしそうに微笑む。
しかし、その口から出る言葉には感情がない。

「・・・ナミさんの所為でも、あるんだぜ」
聞こえるか否かの小さな呟きに、ナミは反応した。
更なる快感を求める躰を抑え、サンジを抑えると、何とか声を絞り出す。

「・・・何で...サンジ君..分かんない..こんなの..やっ..」
その言葉を聞きながらも、サンジは躊躇うことなくナミの躰を弄る。

「分からないなら、それでもいいぜ、ナミさん」
拒絶の言葉とは裏腹に既に立ちあがっている乳首を2本の指で挟みこむ。

「っつ...あぁぁっ...」
くくっ、とサンジは低く嘲う。それはとても乾いた嘲いだった。

「あぁ..そうしておとなしくしててくれれば...」
耳元で、低く、甘く囁く声。それすらも毒だ。
ナミは思う。甘い、甘い毒。
その甘さ故、知らないうちに躰を蝕む毒。
だから...気がついた時にはきっと...

―手遅れになる―
ナミは自由になっている片手をついて、身を起こそうとする。

―今は、ここから離れないと―
「動かねぇ方がいいぜ、ナミさん」
静かな声のサンジ。薄い笑みの向こうに視線がある。
ナミがその視線を辿ると、その先には燻り続ける煙草がある。
サンジの指まで焦してしまいそうな程短くなった煙草。フィルタの焼ける匂いがする。
絶句するナミをよそに、サンジは無表情のまま淡々と言葉を続ける。

「動いたら..落ちちまうよ...」
煙草を見つめ続けるサンジ。
「ソファごと燃えちまうかも...」
その双眸に炎が映る。

「俺は貴女と一緒なら、構わねぇけど、別によ」
その炎の名を、きっと狂気というのだろう。ナミはそう思った。

「でも、貴女の肌に傷はつけたくないから...」
そう言ってサンジは煙草を挟んだまま、拳を握り締める。
じゅっという微かな音と、鼻をつく皮膚の焦げる匂い。
サンジは顔色一つ変えない。

「っな、何して...」
ナミは反射的に上体を捻り、サンジの拳に両手を伸ばす。
サンジの手首を抑え、その拳を開かせる。
ポトリと落ちる煙草の残骸。完全に火は消えていた。

代わりに―
サンジの掌に残された、火傷の跡。それは狂気の烙印の痕。

「・・ナミさん...大人しくしてって、言ったのに...」
サンジがそう呟いた瞬間だった。
ナミの両の手首の自由が奪われたのは。



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